このコラムでは、私が粋(Iki=生=活)と感じるワインを色々と紹介させていただきたいと思っております。
カリフォルニアでピノ・ノワールの生産者であれば、皆一度はそれに挑戦してみたいと思うであろう畑がある。
「Pisoniピゾーニ」の名前を聞いたことがあるだろうか?
カリフォルニアワインって聞くと、「あの濃いワインね」みたいなイメージを浮かべる人が多いと思う。突き抜けるような強烈さと濃厚さを持ち味に、世界中のワインファンを魅了してきた。赤ワインならば弾けるような果実味が楽しめ、カベルネ・ソーヴィニョンはあれだけ重くてアルコール度が高いのに、不思議と口当たりがよく、タンニンがきめ細やか。白のシャルドネなら、バターやバニラ、ナッツの風味がとてもトロっとリッチで、一口でカリフォルニアワインとわかる、という感じだった。
しかし、昨今、食事が軽くなるにつれ、加えてナチュラルなワインの台頭などもあり、世の中の時流が劇的に軽快なタッチのワインにシフトしてきている中、近年のカリフォルニアワインも右へならえと、多くのワインがそんな傾向にある。あのカリフォルニアワインが、若干アルコールが低く、且つ軽快なノリに向いてきているのだ。中には、ブラインドテイスティングでカリフォルニアとわからないようなモノまで存在する。良し悪しの問題ではなく、こうした潮流だということだ。
そんな中、未だにパワフルで濃厚、ブレずにハッキリとしたカリフォルニアンスタイルなワインを造り続けている生産者がいる。その1人が「ピゾーニ・ヴィンヤード&ワイナリー」で、彼らには世間の流れはあまり関係ないのだ。そうしたワインが好きな愛好家から、カリスマ的存在として高い人気を得ているわけだから。アルコール濃度が低めで軽快なスタイルに世の中が向いている中、それとは真逆のタイプのワインを、今回はあえて紹介する。
これは、ピゾーニのワインの始まりから、今に至るまでの成功のお話しです。
サンフランシスコから南へ約200km、モントレー郡サンタ・ルシア・ハイランズは、1991年に認定されたAVA。海からの距離は約28km、モントレーの中でも標高が高く、年間降水量はかなり少なく、朝は霧、午後の日差しは強いながらも、海からの涼しい風が強く日中意外と涼しい地。これらのおかげで生育期間が長い。また寒暖の差により、酸を保ちながらも豊かな果実味をもたらすエリアとして、カリフォルニアを代表するピノ・ノワールの産地。
ここでゲイリー・ピゾーニ氏がワイン用ブドウ栽培を始めたのは、1980年代前半のこと。この辺りで100年近くに渡り農業に携わってきたファミリーで、ゲイリーの父が放牧用に購入した海抜400mの痩せた土地は、平地にレタスやブロッコリー、アスパラガスのような野菜の栽培をしており、元々ブドウは植えられていなかった。そして斜面には何も植えられておらず、父親を説得しその未開の地でブドウ栽培を始めたのだという。そこには井戸もなにもなく、掘り続けてようやく6回目で水が出たそうで、その井戸を掘り当てるまでは、毎日毎日、来る日も来る日も車で水を運び畑に蒔いていたのだそうだ。実に粋である。
まず最初に彼が始めたのは、幾つかのブドウ品種を実験的に植えたこと。周囲にワイン用ブドウを植えている人はおらず、この土地にそうした前例もなく、この土地に何が合うのかわからなかったからだ。そもそもブドウがこの土地にマッチするのか確信すらないままブドウを植えた。そして試行錯誤の末、徐々に成果がうまれ、ブドウ栽培にかなり向いている土地だと確信できるようになってきた。その中で、最も向いているのではないかと最終的に彼が辿り着いたブドウ品種が、「ピノ・ノワール」だったという。そうしたさまざまな労力を費やし、ブドウ栽培家として徐々に知られるようになり、遂にはカリスマ的存在となった。サンタ・ルシア・ハイランズの気候に、彼が植えたブドウ品種が見事にマッチし、そのうち噂となり、評判となり、彼の栽培したブドウにはファンがついた。それは、彼がつくるブドウには言い知れぬ何かがあったに違いないと、容易に想像がつく。今ではブルゴーニュの言い方をすれば「グラン・クリュ」のような扱いにまで至っている。事実、今や人気ブドウ畑となり、ブドウの枝泥棒が来るらしく、対策として「トラップヴィンヤード」として、ピゾーニ畑の周囲にピノ・ノワールの葉に似たブドウ樹を植え、彼らに備えているのだとか。人気者というのも大変なのだ。
皆がその枝を欲しがるのもわかる。彼が植えたのは、単なるピノ・ノワールではなく、今では大きな声でいえなくなってしまった、なんと「ラ・ターシュ」の苗木だった。ブルゴーニュの、さらにはコート・ドール / ヴォーヌ・ロマネ村で植えられている、誰もが憧れるワイン。その「ラ・ターシュ」のクローンを植えたのだった。
おさえておくこととして、「ピゾーニ」とは人の名前であり、ゲーリー・ピゾーニ氏が植樹した畑の名前である。また、つくられたブドウを約10軒にも満たない名うてワイナリーに供給するブドウ栽培家でもある。そして、それまでブドウのみの生産だったこのワイナリーも1998年からワイン醸造をはじめ、今は自らのワイナリー「ピゾーニ・ヴィンヤード&ワイナリー」で醸造されたワイン「ピゾーニ」をつくる醸造家でもある。
ピゾーニの畑で収穫された葡萄は、常に約10軒のワイナリーにしか供給されない。これは、ピゾーニから収穫されるブドウには限りがあり、とても需要を賄い切れないからである。だから空きが出ない限り、どんなに欲しくてもピゾーニのブドウを供給されることはない。まるでスクリーミング・イーグルのメーリングリスターのキャンセルを待っているようなもので、いつになったら自分の番になるやら、ということである。ピゾーニ畑のブドウを供給されるワイナリーはラッキーといえ、供給されるワイナリーには、ピーター・マイケル、コスタ・ブラウン、パッツ&ホールなど名だたるワイナリーが連なり、これからのワイナリーが契約をやめない限り、次の番は回ってこない。ピゾーニのブドウを供給されたければ、彼らに自分がつくるワインのサンプルボトルを送り、テイスティングしてピゾーニ・ファミリーに納得してもらう必要がある。
ピゾーニには、ピゾーニ畑か葡萄を供給された約10軒のワイナリーからリリースされるピゾーニと、ゲイリー・ピゾーニが自ら造るピゾーニが存在する。ピゾーニが自ら造るピゾーニは、ピゾーニの中のピゾーニとして、他の生産者のピゾーニと分けるために、ファンたちの間で「ピゾーニ・ピゾーニ」と呼ばれている。
実はピゾーニ畑は、最初に植樹した時よりも拡大している。ゲーリー・ピゾーニ氏が1982年、最初にブドウの樹を植樹した当時5.5エーカーだった畑は現在35エーカーにまで至り、一番初めに植樹した「オールドブロック」から始まり、ブロックは12まで増えた。もし今後さらに畑を増やすということがあれば、供給されたいワイナリーにとって朗報なのだが、果たして。。
それぞれの畑にブドウを植樹したタイミングは違い、樹齢も異なる。殆どの生産者にブドウを供給している畑は、最も大きいブロック「ビッグ・ブロック」という名の畑。それ以外は、(ポール・ラトーの例外の除き)基本的にピゾーニ本人が自分のワインを醸すための畑となる。
生産者:Pisoni Vineyards & Winery / ピゾーニ ヴィンヤード&ワイナリー ワイン名:Pisoni 葡萄品種:ピノ・ノワール ワインタイプ:赤ワイン 生産国:アメリカ 生産地:California / カリフォルニア州 ヴィンテージ:2017 インポーター:ilovecalwine / アイラブカルワイン 参考小売価格:¥18,000
1998年にピゾーニが自分の造ったワインをリリースした時には、個人的にかなり興奮した。一体どういったワインになるのか、「ピーター・マイケルのムーラン・ルージュ」のように?それとも・・・かなり興味津々で、仕上がってきたワインはやはり期待通りの強烈な仕上がり。嬉しかった。その後毎年のようにナイスな仕上がりが続き、初リリースから10年後の2008年にロバート・パーカーがアドヴォケイト誌でピゾーニ・ピゾーニに100点級の高得点をつけたことは有名。今ファーストヴィンテージから数えて20年が経ち、2018年がリリースされるに至ったが、この20年間、全く変わらぬスタイルかといえば、さすがのピゾーニであっても、ずっと全力豪速球なストレートを投げるようなワインを造り続けているわけではない。徐々にスムースで少し軽快なスタイルへとシフトしているようにみえる。もちろん他の生産者と比較すれば、力強いカテゴリーに入ることには違いないが。
現在、ゲイリーは引退ぎみで、優秀な2人の息子が中心となりワイナリーを仕切っている。そこに、若干の味わいの変化が生まれたのかもしれない。主に長男マークが栽培、次男ジェフが醸造を担当し、ナイスなチームワークのワイナリーだと思っている。
ピゾーニファミリー
丁寧に収穫されたブドウは除梗され、フレンチオークの新樽約70%で約1年間熟成後、清澄や濾過せずにボトル詰めされる。生産量は600ケースほどで、日本への割当ては年によって異なるが、2017年は84本のみ入荷。
ブラックベリー、ブラックラズベリーなどの完熟した黒系果実のニュアンスと、ギュっと詰まった感じがとても印象的。そこにスミレや下草、ドライハーブのような香りとややセイバリーさが加わり、タバコやスパイス感があって複雑。
飲めば骨格がしっかりとして凝縮し、それでいてきめ細かいテクスチャーが心地よい。裏側に上質な酸味が感じられ、それがバランスをとっているのだろう。
とてもエネルギッシュなワインで、飲むとこちらが元気になる。まるでゲイリー・ピゾーニご本人のような感じのワインで、人柄って味わいに出るモノだなと感心する、笑!
是非、牛肉や鹿肉のような肉に、黒コショウなどを使ったシンプルな濃いソースで食べていただきたい。それだけで口の中が複雑に満たされることと想像する。
葡萄が土壌成分を吸い上げ、ワインの味や香りにはそれが踏襲されるという神話は、ワインラヴァーをそそるロマン性がある。
そのロマンを壊すような話しをすると、感じ取れるワインの香りや味わいには、土壌成分を吸い上げたことよりも、むしろクローンや酵母、それから醸造など人の関与によるところが多いということを、有識者は知っている。クローンは味を大きく左右する大切なファクターであるが、そのクローンが秀逸だからといって、別の土地で真価を発揮するとは限らない。また、植えられた土地の気候風土により、オリジナルとは異なる個性を発揮することもわかっている。
実際にピゾーニの畑から造られるワインの味わいとラ・ターシュが似ているかどうかといえば、そう感じる人は少ないだろう。しかし、それとはまた違ったなんともいえない個性を感じてならないし、ピゾーニの畑から造られるワインには、多くの飲み手の心をつかんで離さない、言い知れぬ魅力があると思えてならない。
私はこれまでに何度か、アカデミー・デュ・ヴァンの自分の講座などで、ピゾーニをテーマに講義を執り行ってきた。少しでもピゾーニの個性に近づき、それを紐解こうという意識で挑んできた。
①垂直比較→ピゾーニ・ピゾーニの年号違いで比較する
②平行試飲→ピゾーニ・ピゾーニを含むピゾーニ畑を生産者違いで比較する(同一年で)
①は年号による個性の違いが感じとれると共に、経過年数による経年変化があるが、ここに共通項があれば、ピゾーニの個性に一歩近づけるのではないか。
②のテイスティングを行って感じる味筋の共通した部分がもしあれば、それがもしかしたらピゾーニ畑に由来したものなのか。また、他の生産者のピゾーニと比べ、ピゾーニ・ピゾーニのワインには、いつも強烈な完熟したブラックベリーのような果実味を感じる。これは、ピゾーニ・ピゾーニの個性といえるのか。
①②のテイスティングを通じで共通する部分として、受講者と藤巻の意見を総合すると、黒系果実とスパイスが感じられ、コシの強さのような、パワーともいえる芯のあるスタイル、という部分があった。それはもしかしたら、ピゾーニ畑からくるものなのかとも思う。でも、この言い知れぬ魅力は、まだ奥が深くて、それについてわかったとは思っていない。それだけに、これからも同様のテイスティングを続けていきたいと考えている。
割当制で、日本への輸入もまだ極めて少ないワインだが、是非皆様にも一度入手していただき、チャレンジしていただきたい1本。
※
イキ(粋=活=生)なワインとは自分的に、
粋(イキ)=「イカしている」「BadassとかCool(ヤバイ,渋い,やんちゃな)」ワイン
活(イキ)=「活力のある」「活気に満ち溢れた」「活き活きとした」ワイン
生(イキ)=「生き生きとした」「生の」「今の」「旬の」情報またはワイン
のことをいう
<ソムリエプロフィール> 藤巻 暁 / Akira Fujimaki
1966年新潟生まれ。東急百貨店本店和洋酒売場に勤務。アカデミー・デュ・ヴァン講師。大学在学中からワインに魅せられ、ワイン産地を周遊。その後飲食店やワインバーでの勤務を経て現職。