片岩、その名前を聞いて、ワインの味わいをイメージできる人がどれほどいるでしょうか。
そもそも土壌とワインを結びつけて飲むことに、どれほどの意味があるでしょうか。
ワインの世界ではその文化が始まって以来、土壌と味わいの関係性についてずっと考えられてきましたし、現在も研究は続いています。でもまだ明確な答えは出ていません。私はこの答えが出てないことにこそ、ロマンと神秘を感じます。そう、まるで神話をもとにトロイアを発見したシュリーマンのように。
今回は岩井が愛してやまない片岩土壌のワイン、そしてその最高峰だと確信するロワール・アンジュを舞台にお送りしたいと思います。まずは簡単にワイン産地における土壌と片岩をみていきましょう。
ワイン産地の土壌を大まかに分類すると、
・火成岩 Igneous
・堆積岩 Sedimentary
・変成岩 Metamorphic
・堆積土壌 (表土) Soil textures
に分かれます。
それぞれの詳しい説明は、今回は置いておくとして、片岩はこの中で変成岩のひとつにあたり、私が思う変成岩界のエースです。「片岩」って聞くと、片の岩ってなんだか素気ないような気もしますが、要は片理(薄く平行に積み重なる)状になっている岩のことです。英語にすると「schist」(シスト)、フランス語でも「shiste」(シスト)で、なんだかカッコ良いですね。変成岩ですので、元は様々な岩石(主に頁岩-泥が葉状に積み重なって固まった岩)が、地球の地殻変動を受けて形成された岩石です。その姿は地球の躍動を感じる荒々しくも美しい佇まいです。
片岩を愛してすぎて、説明だけで今回の記事が終わってしまうので、そろそろワイン産地における片岩の影響をみていきましょう。
ワイン産地において片岩の魅力は、まずなんといっても水捌けの良さです。雨の多い年でも葡萄が水っぽくならず凝縮した果実ができます。また片理状に剥離しやすく侵食されやすいので葡萄の根が地中深くまで伸びます。よって雨が少ない年でも根が地下水に達することにより、水分を適度に補給出来ます。そして岩石ならではの熱を溜める性質も、熟した葡萄を収穫する際に大きなアドバンテージになるでしょう。さらに土壌自体のPH値が高く、そのような土壌は葡萄の酸度を保つことができます。さて、このことからどんな葡萄ができるかと言うと、以下の通りになります。
・収量が低く、凝縮した果実
・生理学的に熟した葡萄であるが酸はしっかりとある
・果皮が厚くなる傾向にあり、フェノールの値が高くなる
なんと、完璧でしょうか!
そしてそんな葡萄から、どんなワインができるのでしょうか。
それではアンジュの地に入っていきましょう!
アンジュはフランスの西部、メーヌ川湖畔に位置するロワール県の県庁所在地であります。かつて9世紀ごろアンジュは、イングランドまでを支配した「アンジュ帝国」のあった地として歴史のある町です。 フランスの中でも屈指のワイン産地であるロワール地方の一地区にあたり、多くのAOCワインを有しているフランス国内でも有力な産地の一つ。海洋性気候で夏は暑く、冬は温暖。また南にあるモージュ山が南西部に降る雨からこの地を守り、乾燥した温暖な土地であり葡萄の糖度は高くなります。葡萄はシュナン・ブランが主体で、辛口白ワインと共に貴腐による甘口も作られます。ロゼダンジュRose d'anjou(アンジュのロゼ)というロゼの名産地でもあります。
このアンジュを形作っているのが「アンジュ・ノワール」と呼ばれる片岩の大地です。約5億4千年前、当時海中だった頃に降り積もった養分たっぷりの泥が固まって頁岩になり、やがてあの有名な(?)バリスカン造山運動によって、熱と圧力を受けて片岩へと変わっていったのです。やはりとてもダイナミックですね!
そんなアンジュ・ノワールを一番に表現しているのが、シュナン・ブランです。
収穫時期が早いと、酸が強く「不快なワイン」となり、収量が多いと個性がなくなると言われるこの葡萄が片岩と出会ったとき、なんとも官能的で美しいワインになります。
生産者:Les Grandes Vignes / レ・グランド・ヴィーニュ
ワイン名:La Varenne de Combre /ラ・ヴァレンヌ・ド・コンブル
葡萄品種:Chenin Blanc 100%
ワインタイプ:白ワイン
生産国:France
生産地:Val de Loire Anjou / ロワール アンジュ
ヴィンテージ:2017
インポーター:野村ユニソン
参考小売価格:¥5,500 税別
アンジュの地で17世紀から代々土地を引き継いできたジャン=フランソワ・ヴァイランは、ワイン作りにのみ全神経を集中させる生粋のヴィニュロン。
「よりワインの本質に触れる様なワインを作って行かなければならない。その為には葡萄をより健全にしていく必要があり、それに最も適したアプローチがビオディナミと感じた。」
と語る彼は、2008年よりビオディナミでもワイン作りをおこなっています。レ・グランド・ヴィーニュのワインはこのアンジュの地に息づく片岩とシュナン・ブランの本質を見事に表現しております。
ラ・ヴァレンヌ・ド・コンブルは、抜栓したてはスモーキーなミネラルの香りが支配的ですが、還元というより少し閉じている印象です。ただ、グラスに注いで少しスワリングをするとその個性が全開で広がっていきます。片岩土壌がワインに与えるもっとも魅力的な香りは、エキゾチックなアロマです。お香のような香り。そこにシュナン・ブラン特有のリンゴと柑橘のアロマが混ざり合い、熟した葡萄ならではの蜜のニュアンスが溶け込みます。口に含むと少し粘性のあるその液体は口いっぱいに絡みつくようにひろがり、うっとりとゆっくりと喉へ流れていきます。果実の甘さはしっかりと感じますが、片岩の酸味がマロラクティック発酵により、さらに上品な酸となり、バランスをとってくれます。そして余韻に最初にあったスモーキーなミネラルが還ってきて、大人の魅惑的な個性を漂わせます。その色の濃さから、まるで黄玉と呼ばれるトパーズを溶かして飲んでいるかのよう。とても官能的で色気を感じるワインです。
500Lのアンフォラと200Lの卵型砂岩タンクにて発酵(とっても原点的です!)、12か月の熟成を経て、亜硫酸は無添加でリリースされます。
ペアリングはもちろん魚系もよく合いますが、是非合わせて欲しいのはお肉との組み合わせです。特に、ブーダンブランのような白いソーセージや、蒸鶏にスパイスやハーブのソースをかけたエスニック系、そしてクリームやチーズを使ったソース料理全般(魚でも肉でも)、もちろんロワールのチーズ全般には当然よく合います。
味わいの幅が広いワインですので、合う料理がとても多いのが魅力です。酒質に若干のとろみがありますので、生魚や生野菜などフレッシュでシャキッとしたものではなく、食感にクリーミーさやふっくらしたニュアンスを感じるお料理が良いです。そうすると、日本の家庭料理なんかほぼカバーできますね!飲む温度帯は、あまり冷やしすぎず10-12℃ぐらいが良いでしょうか。グラスはシャルドネグラスのような口径が大きめのほうが「片岩×シュナン・ブラン」のリッチでボリュームのある味わいに最適です。
片岩とシュナン・ブランは、とてもエキゾチックで官能的な組み合わせです。土壌と聞くと、「難しそう」とか「マニアック」といった声も聞こえてきそうですが、土壌を少し知るだけでより自分の好みのワインに出会えます。そしてもっとその土壌のことを知りたくなり、知識欲求は地質学や歴史にまで及んでしまいます。わたしはこの片岩土壌のワインは、「実は好きだったワインが片岩土壌だった」という人が意外と多いのではと思っております。もし今回の記事を読んでご興味をもっていただき、より片岩のワインを飲みたい場合には、ラングドックのフォジェールやサンシニアン、ルーションのコリウール、ポルトガルのドウロなども是非試してみてください。そのエキゾチックな大人の魅力にとりつかれてしまうことでしょう!
<ソムリエプロフィール>
岩井 穂純 / Hozumi Iwai
酒美土場 shubiduba 相談役
AWMB認定オーストリアワイン大使
J.S.A.認定ソムリエ
アカデミー・デュ・ヴァン講師
ヴィノテラス ワインスクール講師
かじたいずみチーズ教室ワイン講師
Japan Wine Challenge審査員
オーストリアワイン普及団体「AdWein Austria」代表
経歴
1978年生まれ。20代前半より都内のワインバー、高級レストラン勤務を経て神楽坂ラリアンスのシェフ・ソムリエを長年に渡り勤める。その後丸の内の有名ワインバーのマネージャー/ソムリエ、ワインインポーターのコンサルタント、都内隠れ家レストランのプロデューサー/マネージャーを経て、2016年に酒美土場をオープン、2021年より長野県に拠点を移し、ワイン畑を取得。新しい店舗とともにニュープロジェクトを準備中。
オーストリアワインのスペシャリストであるが、近年はオレンジワインの専門家としても活動。さまざまなオレンジワインのイベントや講座を主催。現在ではTVや雑誌などにもオレンジワインの企画で出演している。
共著「おうちペアリング」主婦の友社 (2021/4/22)
<酒美土場 -shubiduba->
2016年に東京・築地場外市場にオープンしたわずか5.5坪のワインショップ&バー。ナチュラルワインにこだわり、特にオレンジワインの品揃えには定評がある。酒屋ならではの角打ち(かくうち)も行なっており、ナチュラルワインを求めるお客さんで連日にぎわいをみせる。