今回ご紹介するのは、アルザスに於いて最も著名と言っても過言ではない作り手、マルセル・ダイス。テロワールへの並々ならぬ情熱はAOC法の改正まで成し遂げ、ボトルに品種名の記載を行わなくて良くなる等の革新を齎した。
基本的には混植によるテロワールの表現を至上とするマルセル・ダイスだが、今回はあえて単一品種の物にスポットを当てていきたい。
現当主はマチュー・ダイス。父であり、マルセル・ダイスの名を世界に知らしめた巨匠ジャン・ミッシェル・ダイスも畑に出ているものの、醸造や栽培はほぼ息子に任せている。
マチューが叔父の畑を継承し興したワイナリー、ヴィニョーブル・デュ・レヴールにて行われた数々の意欲的な試みは、マルセル・ダイスの畑にも順次影響を及ぼしている。
代表的な例がやはりオレンジワインの醸造だろう。また、レジョナル、ヴィラージュ、プルミエ・クリュ、グラン・クリュとリリースされるワインに地学的な区別をより厳密に与えることによって、自身のワインの表現するテロワールをより強固にしようという意識が感じられる。そのためモノセパージュのワインが今後リリースされなくなるということはマチューから告知されており、彼の今回のようなワインを楽しめる機会というのは今のうちしかないのである。
前置きが長くなってしまったが、ワインの解説に移りたい。
生産者:Marcel Deiss (Mathieu Deiss) / マルセル・ダイス (マチュー・ダイス)
ワイン名:Spring / スプリング
葡萄品種:Muscat Blanc a petit grains 50%, Muscat Ottonel50%
ワインタイプ:白
生産国:フランス
生産地:Alsace / フランス北東部 アルザス地方
ヴィンテージ:2018
インポーター:ヌーヴェルセレクション
参考小売価格:¥4,200
今回は2種類のミュスカを使ったワインだ。ミュスカ・ダルザスに使われる2品種、ミュスカ・ブラン・ア・プティ・グラン(紛らわしいが、こちらは単純にミュスカ・ダルザスと呼ばれることも)とミュスカ・オットネルは、共に品種由来のフローラルかつフルーティな香りが強く、後者の方が甘口に用いられることが多い。
このワインの面白い所は、品種由来のフルーティな香りはかなり控えめで、代わりにミントのような清涼感溢れる香りがトップからフィニッシュまで一貫している所である。
さらにほんの少しだけ残糖が感じられ、2017VTよりも現行の2018VTの方がその傾向は顕著である。ペアリングで使用するとほのかな甘みによって食材の特性を持ち上げつつ、清涼感のあるフィニッシュが後味を重く感じさせない不思議な効果が得られる。
アルザスワインの残糖については、AOCの規定で唯一収穫時の最大糖度が決められていないため、最大アルコール度数に達するまで発酵を進めても糖分が残ってしまうことが起こり得る。特に昨今の温暖化の影響でその傾向は顕著だ。その為、しばしば消費者は辛口だと思って買ったワインが甘かったなんて苦い経験をすることになる。2021VTからは厳密な甘辛度の表記が義務付けられるため、そういったトラブルは激減するだろう。
ちなみにこちらのワインのアルコール度数は12.5%。残糖が「残ってしまった」のではなく「残した」と見るのが正解だろう。
それを含めて感じてほしい、マチューなりのミュスカの表現なのである。
一時期はプルミエ・クリュの制定も間近か、などとセンセーショナルに噂された事もあったが、現在では600あるリュー・ディのどれをプルミエ・クリュにするか、そもそもアルザス・グラン・クリュとAOCアルザスの間にそこまでの歴然とした差があるか等でなかなか難航しているようである。
先に述べた甘辛度の表記や、グラン・クリュにピノ・ノワールやシルヴァーネルが認められたりとまさに有為転変を地で行く地域、アルザス。今後ともその動向には注目すべき産地であることは間違いない。
余談になるが、ダイスの全生産量の平均収量は33hl/ha。全アルザス平均は78.80hl/haであり、例えばブルゴーニュのグラン・クリュは45hl/haである。
さらに、グラン・クリュにおいてはぶどう樹1本あたり、グラス1~1.5杯分しか取れない(シャトー・ディケムと同じ収量)。プレスにも酸化しないよう工夫しながら通常の3~4倍の時間をかけ、ストレスのないジュースを半日以上かけてゆっくり圧搾する。
他にも枚挙に暇がないほどの手間をかけて作られているダイスのワイン。
味わう際は頭の片隅に置きながら飲むと、また一段と違った感動を得られるかもしれない。
<ソムリエプロフィール>
菅野 浩和 / Hirokazu Kanno
H -acca- Drink Director・Manager
1987年福島生まれ。大学進学後プロオーボエ奏者として活動。
オーケストラでの公演やレッスンを行いながら、傍らでWakiya一笑美茶楼にてアルバイトとして勤務。
多種多様なグランヴァンに触れワインの魅力に目覚める。
Wakiyaグループ在籍中に現La Mer Inc. CEOである梁世柱氏が加わり、彼によりナチュラルワインへの造詣を深める。
その後ナチュラルワインの専門スタッフとしてフレンチ食堂ぶどうにて勤務。
2017年からは梁世柱氏がシェフソムリエとして在籍していたS'accapauに合流後バトンタッチ。
専門誌に寄稿する傍ら、ナチュラルワインオンリーのペアリング及びノンアルコールペアリング、飲料全般の管理や外部委託された商品開発などを担当。
現在は恵比寿H -acca-にてドリンクディレクター及びマネージャーとして勤務。
社内の飲料関係全般を取り仕切る。