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真夏の赤

夏である。


日本の盛夏は本当に暑い。と言うか熱い。


筆者は10年間シンガポールに住んだ経験があるが、赤道直下で年中真夏にもかかわらず気温が35度に達することなどめったになかった。今これを書いているこの瞬間、気温は36度を指している。どうも緯度と気温は必ずしも単純に相関しないらしい。


こうも暑いと、やはりキリっと冷えた白ワインや、スパークリングでシュワっとさっぱりといった言葉があちこちで見られる。逆にしっかりした赤は暑苦しくて飲む気がおこらないとか。


しかしそうだろうか?


夏でも焼肉とか屋外でバーベキュー、またファインダイニングではしっかりと冷房が効いているはずでメインコースには赤が欲しいのは必然。赤ワインの登場場面はたくさんあると筆者は考えるが。


賛同していただけるのは少数派かも知れないが、天候と飲むワインのタイプとはそれほど強い相関性はないのではないか。寒い12月にシャンパーニュの消費が激増するのを見てもわかる通り、気温よりも他の要因、環境、雰囲気の方が何を飲むかを左右するように思う


というわけであまのじゃくの私は猛暑の過日、あえて濃いめの赤を楽しんでみた。



生産者:ル・レザン・エ・ランジュ ワイン名 ヴァン・ド・フランス オマージュ・ア・ロベール 葡萄品種 ガメ60%、メルロ40% ワインタイプ:赤ワイン 生産国:フランス 生産地:ローヌ地方 ヴィンテージ:2019 インポーター:ラシーヌ 参考小売価格:2640円(税込み)


ル・レザン・エ・ランジュ、「ブドウと天使」という名の生産者。エチケット上にも可愛い天使が描かれている。

フランス南部ローヌ地方の人里離れた小さな集落にワイナリーを構え、ジル・アゾーニ、アントナン・アゾーニの父子が、酸化防止剤無添加、ブドウ以外にワインに何も入れないという厳格な哲学を基に黙々とワイン造りに取り組んでいる。


今回ご紹介する「オマージュ・ア・ロベール」はいくつかあるキュヴェの中でもガメ種6割とメルロ種4割という、どちらかと言うと南仏らしからぬ品種構成


15度設定のセラーからボトルを取り出すとすぐにうっすらと水滴がつく。夏なら十分に清涼感を得られる温度だ。(これが真冬なら同じ15度でもひんやりとは感じない。人間の感覚とはかくも容易に環境に左右されるものだ。)


栓は以前はコルクだったが2019年からだろうか、王冠に変わっている。栓抜きで開けると軽くシュポっというが、ワインに泡は見られない。


グラスに注いで色を見ると、濃い。とても濃い色調なのだが、赤みがかった深いルビー色なのはガメ種が主体であるからだろう。当然のごとく瓶詰前のろ過はしていないだろうからクリアな透明感はない。濃密なワインであることが色だけで容易に想像できる。


グラスに鼻を近付けるまでもなく強く立ち上る完熟果実、ハーブ、スパイスの香りのオンパレード。

口に含んだ瞬間、ジャムのように凝縮したベリー系果実味が爆発、シナモン、ブラックペッパー、丁子などのスパイス、その後適度な収斂味が引き締めてくれてなんとも高いレベルでまとまってくれている。ブラインドで出されたらガメ種とメルロ種という二品種、どちらも想像しにくい複雑性、凝縮感。


このクオリティでこの価格はすごい。30年近くワイン業界に身を置いているが、なかなか出会えない高コスパなワインだ。この価格なら焼肉やグランピングでバーベキューなどカジュアルな機会にも使えるし、このクオリティならレストランで例えば鴨、鹿、イノシシなどと合わせたくもなる。


あまりに美味しいのでネット上でどんなコメントがあるか調べてみた。


意外にも、軽くてフレッシュ、少し冷やしてグビグビ飲めるワインというニュアンスのコメントが多い。


うーん、承服しかねるぞ。ここでも私は少数派なのだろうか?


コメントされている方を批判するつもりはないし、間違っているというつもりもない。

酸化防止剤無添加のワインによくあるボトルごとの差、抜栓の時期による味わいの変化、提供温度、その場の雰囲気、その他いろんな要因で感じ方は人それぞれ。

ただ、ガメ種が主体であるという理由だけで軽くてフレッシュ、がぶ飲みタイプというコメントにもし結びついているのだとしたら、それはあまりに短絡的で残念至極。

少なくとも筆者が楽しんだボトルは紛れもなく高度に凝縮された、溢れんばかりのブドウのパワーを感じる濃密なワインであった、ということは声を大にして言っておこう。

暑いから白が良い、ガメは軽くてガブ飲み、あの人がこう言っていた、ではなく、先入観を一切排して真っ白な頭で目の前のワインと向き合ってみよう。きっとワインの楽しみ方の幅がグッと拡がるはずだ。


<ソムリエプロフィール>


長谷川 憲輔 / Ken Hasegawa


1969年 大阪生まれ

1990年 大学でフランス語を専攻。フランス、ボルドー大学留学中にワインの世界に触れる。

1992年 ワイン業界入り。商品開発、バイヤー、小売りなど流通全般に携わる

2006年 ふとしたきっかけでシンガポールに渡ることになり、ソムリエとして日本料理店に勤務

2010年 ふとしたきっかけで著名なシェフ、アンドレ’チャンに見いだされ、レストラン・アンドレの開店に伴いシェフ・ソムリエ就任。シンガポール歴代首相をはじめ、多くのVIPを接客。シンガポール未輸入のユニークなワインをフランスから直輸入し、自由な発想で組まれたペアリングは高い評価を得る。


ミシュラン・シンガポール二つ星獲得、World’s 50 Best Restaurants にて14位、Asia’s 50 Best Restaurantsにて 2位ランクインに貢献。


2017年 大阪に戻りフリーランスとして、ワインにとどまらず飲食業界を幅広くサポートする活動を開始


F&B Adviser to Restaurant MUME(台北)

F&B Adviser to TAKAYAMA(京都)

F&B Director to GOOD NATURE STATION(京都)


その他、イベント企画、セミナー、講演など多数。飲食業界の発展を願いつつ活動中。



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