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タンチュリエを飲む

タランチュラではない。タンチュリエである。


これはタンチュリエ系teinturier)と呼ばれる、果肉まで赤く色付いた黒ブドウの総称である。


通常、世の多くの黒ブドウは、果皮は黒く色付いているものの、中の果肉は白ブドウ同様に緑がかった透明で、果汁に黒い色素は含まれていない。しかし、果肉まで赤く色付いたブドウ品種が、世界には極稀に存在する。これらのブドウは、総称して「タンチュリエ系」と呼ばれる。


フランス語でタンテュリエ(teinturier)、スペイン語ではティントレッラ(tintorera)と呼ばれ、「染められた」「インクのような」という意味をもつ。つまり、タンチュリエ系のブドウ品種は、ワインの着色力に特徴を持つ品種だということだ。


少量のブレンド、ないしは100%この品種で造られたワインは、グラスのふちまで光を通さない、極めて濃い漆黒の色調をしているばかりでなく、グラスの内側をつたうレッグスにも着色が見てとれる。個人的には、墨汁のようなアロマや野生的なタッチ、総じて田舎風な印象を感じることが多い。


私が最初に、このタンチュリエ系品種を意識するようになったのは、7年前のアルゼンチンでの出来事である。ブドウ畑を歩いていると、2列だけ、赤紫色に見事に染まったブドウの「葉」に出くわしたのである。一部分だけなら、ウイルスか何かだろうと考えたかもしれない。しかし、見事に2列だけが、しかも全ての葉がおどろおどろしい色調に染まっていたのである。これはいったい何が起きたのかと尋ねると、「それはアリカンテ・ブーシェだよ」と教えてくれた。


タンチュリエ系の品種は、決して数は多くないが、意外に読者の皆様も親しんでいるかもしれない。その中でも最も有名な品種が、前述のアリカンテ・ブーシェ(Alicante Bouschet)であろう。この品種はフランスで誕生した。1800年代中頃に、フランスのブドウ苗業者ルイ・ブーシュ&アンリ・ブーシュの親子が交配によって生み出した。彼らはまず、タンチュリエ・デュ・シェールとアラモン(*1)という品種を交配してプティ・ブーシェ(Petit Bouschet)を生み出し、そしてさらに、グルナッシュ・ノワールを交配してアリカンテ・ブーシェが誕生した。多収量型の品種であることから、品質の面で重要な位置づけとなることは基本的にない。しかし、ビジネス的な側面において「量がとれ、ワインの色を濃くしてくれる」という点は優秀といえる。南仏やスペインなどでブレンドの一部に用いられたり、ロゼになったり、色を濃くするためにアルゼンチンでマルベックのワインに一部混ぜられたり、カリフォルニアでジンファンデルにブレンドされたり。


しかし、近年になって、この常識を覆すワインがイベリア半島、とりわけポルトガルで誕生している。そもそもアリカンテ・ブーシェ100%のワインということ自体が異質であるのにも関わらず、そのレッテルに挑み、世界の評価を獲得している。(今回ご紹介するワインではないですが)


ちなみに、スペインでのシノニムはガルナッチャ・ティントレッラ(Garnacha Tintorera)であることから、ガルナッチャ・ティント(Garnacha Tinto)=グルナッシュ・ノワールとよく混同されがちであるので、ご注意頂きたい。


その他にも、ガメイにもタンチュリエ系の品種が存在する。ガメイの正式名称は、ガメイ・ノワール ア・ジュ・ブラン(Gamay noir à jus Blanc)果汁が白いガメイという直訳になる。しかし、なぜ“果汁が白い”と余計な言葉がついているのか、その意味まで考えたことがある方はいないだろう。理由は、「果汁が白くないガメイ=タンチュリエ系のガメイ」という別の品種が存在するため、区別する必要があったからだ。ボジョレーのA.O.C.規定を見てみると、奨励品種にガメイ・ノワール ア・ジュ・ブランが、認可品種にガメイ タンチュリエ(Gamay teinturier)の記載が確認できる。また、ロワール地方のガメイから造られた一部のワインは、ガメイとうたっているが、ガメイ・タンチュリエ(ガメイ・ド・ブーズGamay de Bouzeとも呼ばれる)を意図的に混ぜて造られているものもある。さらに、カリニャン(Carignan)にもカリニャン・タンチュリエ(Carignan teinturier)という別品種が存在していたり、日本に自生している「山ブドウ」もタンチュリエ系の性質を有する。


タンチュリエ系品種のテイスティングにおいて重要なのは、まず前提として、タンチュリエ系品種であるということを、しっかりと念頭においてテイスティングせねばならないということである。その知識が不足していると、テイスティングにおいて、ワインのスタイルやその評価を見誤ってしまう恐れがある



生産者:Papari Valley / パパリヴァレー

ワイン名3Qvevri Terraces Saperavi No.16 / スリークヴェヴリ テラスズ サペラヴィ

葡萄品種: Saperavi / サペラヴィ

ワインタイプ:赤ワイン

生産国:Georgia / ジョージア

生産地:Kakheti / カヘティ

ヴィンテージ:2017

インポーター:Mottox

参考小売価格:¥3,300

アルコール度数:17.84%



ジョージアを代表する黒ブドウ品種サペラヴィ(Saperavi)も、紛れもないタンチュリエ系品種であるが、その事実は見逃されがちだ。ジョージアというワイン情報量の多い国であるがゆえに、未だ細部まで解説がなされることは少ない。


パパリヴァレーが造るワインを一言でいうと、クリーン&ナチュラルビオロジックで栽培され、クヴェヴリ(*2)での発酵・醸し・熟成。亜硫酸の添加は瓶詰前の極少量のみ


以下、インポーター資料を元に、特筆に値する「醸造」についてより詳細に記しておこう。


彼らのマラニ(クヴェヴリを置く施設)は、ジョージアで初めてクヴェヴリを3段階に分け、グラビティー・フロー(*3)を採用。醸造の各段階でポンプは使用せず、ワインへのストレスを軽減させることができ、丁寧に熟成のプロセスへと進んでいくことが可能となる。1層目と2層目のクヴェヴリは1階に設置。砂を被せて埋められるが、温度コントロールが出来るよう、クヴェヴリの周りに冷却水が流れるパイプを引く。温度コントロールをするクヴェヴリ発酵は、ジョージアにおいて決して主流ではない。3段階目のクヴェヴリは地下に設置、地中に埋め、温度コントロールは地下兼地中の環境に依存する。1層目のクヴェヴリにて、天然酵母を用いて15日間の発酵及び醸し。果皮を取り除いた後、2層目のクヴェヴリで2ヶ月半の熟成。澱引きをし、3層目のクヴェヴリに移しさらに8ヶ月の熟成。至ってシンプル、古典的な、最小限の介入を重視した造りであるが、2016年に完成したばかりの一際モダンなマラニで、考え抜かれた必要最小限度の介入によって、発酵を健全で清潔なものに導く。まさに、モダンとクラシックの融合。世界中に広がったジョージアのワイン造りの伝統が、一周まわって逆輸入されたようなワイナリーだ。


ちなみに、クヴェヴリ毎にナンバーが振られており、今回ご紹介させて頂いたNo.16は現行ヴィンテージではなく、2017年のものである。当然クヴェヴリ毎にアルコール度数やニュアンスは異なる。テイスティングするたびに新たな気付きと、ジョージアの今を伝えてくれる、ジョージアで今最も目が離せないワイナリーの一つで間違いないだろう。



(*1)アラモン:南仏(主にラングドック=ルーション)で栽培されている葡萄品種。19世紀後半から1960年頃までは、フランスで最も多く栽培されている葡萄品種だった。高収量であっただけでなく、フィロキセラ(葡萄樹を枯死させる害虫)を含む様々な害虫や病害に強い耐性があったことから、人気が高まった。現在では、品質的に劣るとされ(例外あり)、その栽培面積は減少している。


(*2)クヴェヴリ:ジョージアの伝統派がワインの醸造、熟成に用いる大型の土器。運搬は保存用でもあったアンフォラと違い、地中に埋めることを前提としているため、下部が円錐形になっている。


(*3)グラヴィティー・フロー:醸造プロセスの中で液体を移動させる際、酸化や負荷によるショックのリスクが伴うポンプでの汲み上げではなく、重力を利用して自然落下によって移動させる手法。ワインはより繊細なバランス保つことができ、最終的な品質に大きく関与する。


<ソムリエプロフィール>

佐々木 健太(ささき けんた)


南仏ニースにある一つ星レストラン「Keisuke Matsushima」にて研鑽を積む。

帰国後フォーシーズンズホテル丸の内東京、南青山レストラン「L’AS」のソムリエを経て独立。ワインスクールの講師としては5年目に突入。強引な暗記に頼らない理解がより深まる解説が、「資格取得後に差が出る講義」として絶大な支持を得る。現在は、2020年に新たに立ち上がった、Live配信専用ヴィノテラスワインスクール専任講師。また自身のYoutubeチャンネル「サイバーワインスクール」を運営。さらに「ワイン教育」を軸に、多数企業のコンサルティング業務に従事。ワインリストの作成からアプリケーションの開発など、幅広く活動。SommeTimesでは「SommeTimes Academie」のコンテンツを担当。資格試験の受験生や資格取得直後の方々を想定し、一歩進んだ内容で毎月執筆を続けている。


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