“一期一会“
よく耳にする言葉です。これは戦国時代から安土桃山時代にかけて茶の世界で活躍した、千利休の言葉だそうです。ときに人生を変えてしまうような"人"、はたまた、"何か"に出会ったときに改めて意識する言葉かも知れません。いつでもそばにあるありきたりな存在ではなく、ときに絵画やワインなどのアートや嗜好品にも例えられます。
ワインには、そのヴィンテージのキャラクターが宿ります。時の経過と共に熟成し、更に注がれたグラスの中で起こる変化なども含めると、「ヴィンテージの個性 x 時間による変化」となり、今飲んでいるその一杯はもう二度と口にできない味わいとも言えます。
時を遡ること12年前、私にもこの業界に興味をもち始めるきっかけとなった出会いがありました。その記憶は今でも鮮明で、お客様がランチと共に楽しまれたハーフボトルの残りを、営業後「勉強に」と、上司が一口飲ませてくれた時でした。それは豊潤な香りを放ち、口に含むとコクがあり濃いのだけれど滑らか。こんな液体が存在するのかと。
それは、ボルドー地方産のとあるグランクリュシャトー(*1)の2003年産でした。
今考えると、
・そのヴィンテージのキャラクター故
(03のように猛暑であった年は、より果実の凝縮度は増して、若いうちから酸味やタンニンが穏やかで果実味の突出したジューシーな味わいであった)
・それがハーフサイズであった事
(液体容量は半分だが、ボトル内首元にある液面とコルクの間のスペースはフルボトルと変わらないのでその空間の酸素を使ってより早く熟成し、タンニンや酸は柔らかく熟れるとされる)
・営業後のアイドルタイムに飲んだ事
(開栓から既に2時間くらい経過していた)
などの様々な要因が重なり、若干二十歳の初心者にもそれが「感動する一口」となり得たのだろうと考えることができます。
「飲めばいつでも初心に戻れる。」ボルドーのクラシカルな味わいは、私にとっての原点。今回はその中から、今飲み頃でお勧めの一本をご紹介致します。
同地方で最も多くの高級ワインを産するメドック地区より、サン・スーラン・ド・カドルヌ村の名門、シャトー・ソシアンド・マレです。
生産者:Château Sociando Mallet / シャトー・ソシアンド・マレ
葡萄品種:Cabernet Sauvignon 55%, Merlot 40%, Cabernet Franc 5%
/ カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、カベルネ・フラン
ワインタイプ:赤ワイン
生産国:フランス
生産地:ボルドー地方、メドック地区
AOC: Haut Médoc
ヴィンテージ:2007
インポーター:株式会社アストル
参考小売価格:¥6,380
昨年末に前オーナーのジャン・ゴトロー氏が92歳でこの世を去ったという訃報は、ワイン業界に衝撃を与えました。若くから卓越したビジネスセンスを見せていた氏は、ネゴシアン(仲買商人)での成功を経て1969年よりシャトーを所有し、今日に至るまでの素晴らしい名声と品質の向上に努めたボルドー界の巨匠の一人。現在は娘のシルヴィー・ゴトローへとシャトーは引き継がれています。
単独で村名AOCを名乗れるポイヤックやマルゴーなどに比べるといささか地味で、平凡なイメージがあるオー・メドックの地でも、ピカイチの評価を得るシャトーとして知られ、フランス国内でも絶大な人気を誇ります。
2007年のボルドーは冷涼で雨の多い春に始まり、8月の降雨量も例年より多く湿潤で全般的に難しい年。所謂「オフヴィンテージ」と言われ、味わいの凝縮味に欠け熟成にも向かないと敬遠されがちです。
しかし、これもワインの面白いところ。
悪条件な年ほど生産者の腕の見せ所ともいえます。一流シャトーほど不利を跳ね除け、素晴らしいワインに仕上げてくるので、他者との味わいの差が出やすいです。
また、オフヴィンテージはグレートヴィンテージに比べ、早くから飲み頃を迎えるのも嬉しいところ。「今飲むなら」と、"あえて"そういった年のワインを選ぶことも我々ソムリエには暫しある事です。
一切の妥協を知らないソシアンド・マレもそんな一流のひとつ。ロケーションこそオー・メドックではありますが、ほぼ最北端に位置しており、すぐ南に隣接するサン・テステフは単独のAOCを名乗れる村として世によく知られています。シャトーはジロンド川沿いの河口付近に位置する為、水流で削られた細かい砂利が多く土壌はとにかく水捌けに優れています。おまけに川を見下ろす小高い丘に畑があり、日照量もしっかりと確保出来る環境。
恵まれたその素晴らしいテロワールとしっかりとした造り故に、若いうちは閉じた印象で力強くタンニンの厳しさばかりが際立ちますが、13年の熟成を経た07はヴィンテージのキャラクターとも相まって、今まさに素晴らしい飲み頃を迎えています。
Haut-Medocは範囲が南北に広く、点在しているため、一貫した特徴が無い
タバコやレザー、枯れ葉のような熟成の香りに鉄っぽいミネラルのニュアンスが加わり、煮詰めたカシスのような果実感も仄かに残ります。熟成によるブーケはとにかく素晴らしく、味わいも非常にスムースで既に落ち着きとまとまりを感じさせるところは、それこそ90年代後半の格付け中堅シャトーすら思わせます。(実際に以前ソムリエの友人グループにブラインドで出した事がありますが、皆07より古い年の推測でした。)
過去に保持していたクリュ・ブルジョワ級格付け(*2)の最上位“エクセプショネル"すら現在は申請せず、正に我が道を行くところも潔く格好よいですね。
実はあまり世に知られていませんが、Cuvée Jean Gautreauという最上キュヴェも存在し、これがまた素晴らしい。市場で見つけたら是非こちらも試していただきたいです。
「フルボディーワイン」の代名詞であり、クラシックボルドーはいつでも格式高く長命で気難しいと思われがち。良年を自分好みになるまでセラーで寝かせて、辛抱強く待つのも一つの楽しみ方ですが、早くから魅力に溢れるフレンドリーな年が存在するのも忘れないでいただきたい。自分にとってのお気に入りに出会ったときは誰もが運命を感じるはず。
それも"ワインの飲み頃"と"あなた"が出会う一期一会な瞬間です。
(*1) グランクリュシャトー:一般的にボルドーのグランクリュシャトーという言葉が用いられる時は、ボルドー左岸にある61の格付けシャトーのことを意味します。
(*2) クリュ・ブルジョワ級格付け:1855年のボルドー左岸格付けから漏れたシャトーを中心に、1932年に制定された「対抗格付け」。長い間非公式の格付けでしたが、2003年に公式のものとなり、9つのシャトーが最上位のエクセプショネルに認定されました。
<ソムリエプロフィール>
丸山 俊輔 / Shunsuke Maruyama
Restaurant Ryuzu
Chef Sommelier
1988年 埼玉生まれ。
2008年 都内のフレンチレストランでサービスとしてのキャリアをスタート。
2011年 ソムリエ資格を取得。
2014年 渡豪、二年間シドニーやメルボルンなどシティのレストランでソムリエとしての勤 務、南オーストラリア州のワイナリーで働く。
2016年 渡仏、パリの星付きレストランで一年間研鑽を積む
2017年 帰国後より現職。
オーストラリア、フランスと計三年間の海外滞在期間中は語学取得に励み、現地や近隣諸国のワイン産地、ワイナリー訪問などにも日々足を運ぶ。国内の食通のお客様のほか、海外からも毎日たくさんのゲストを迎えるRyuzuでは経験、スキルを活かし現在も日々研鑽中。
<Restaurant Ryuzu>
六本木交差点からほど近くにあるフレンチレストラン。オーナーシェフの飯塚隆太により2011年オープン。2013年よりミシュラン二つ星。