ブルゴーニュ。
ワイン好きにとって、避けて通れない産地。いや聖地といってもいいほどで、そのイメージは確立されております。魅了される人が多いのは、その分かり難さからでしょうか。謎めいた部分が心をくすぐるのかもしれません。
何がブルゴーニュを難解にしているのでしょうか。
ワインの味わいに大きく影響を与える要素のブドウ品種。ブルゴーニュは白赤共に一部を除いて一種のみ。白はシャルドネ。赤はピノ・ノワール。
これが固定されているからこそ、他の要素の影響が味わいの違いに出やすくなっております。クローン(*1)による違いもありますがここでは言及しないでおきます。
そして他の要素というのが「天・地・人」の三要素。
天
日照量、気温、天候の影響。一年に一回しか結実しないブドウの生育サイクルがどのような気候で進んだのか。
地
地形、地勢、土壌。その場所の特徴、そして土壌によって微妙に変化する味わい。
人
栽培と醸造。どのような意図でブドウを育てて、ワインを作るか。
ブルゴーニュはこれらの違いが、わずかな差ではあるのですが、明確にその液体に反映されます。それを知り、理解できることが面白い。
その香り、味わいに何が影響しているのかを、全てではないですが理論的に説明できる。そしてそれを他人と共有できます。
この点が良くも悪くも、熱狂的なブルゴーニュ・ラヴァーを生み出していますね・・。つい人にウンチクを語ってしまいたくなるのでしょう。私も気をつけなければと思いつつ、やってしまう事があるような無いような。
そんな魅力的ながらも難解なブルゴーニュ。
私もワイン業界入ってしばらくしてから、いくつかの素敵な出会いを経てハマってしまい、微妙な違いを理解できるよう勉強とテイスティングを重ねてきました。
そのうちにセラーを購入してワインを少しずつストックできるようになると、何か面白いことできないかなーと思うようになり、思いついたアイデアを今回ご紹介するワインで実行しております。
ニュイ・サン・ジョルジュは北東に位置する
ワインはニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュ クロ・デ・フォレ・サン・ジョルジュ。ラルロという生産者のモノポール(一つの生産者のみが所有する畑)の畑から作られます。そしてこのラルロという生産者は、1987年にAXAアクサ(生命保険などの会社)が畑、建物などを購入し興したドメーヌです。
生産者:Domaine de L’Arlot / ドメーヌ ド ラルロ
ワイン名:/Nuits St Georges 1er Cru Clos Des Forêts Saint Georges / ニュイ・サン・ジョルジュ・プルミエ・クリュ・クロ・デ・フォレ・サン・ジョルジュ
葡萄品種:Pinot Noir / ピノ・ノワール
ワインタイプ:赤ワイン
生産国:France / フランス
生産地:Bourgogne / ブルゴーニュ
インポーター:AMZ
このワインを毎年1本ずつ購入し、ある程度たまったら毎年1本ずつ時期を決めて飲んでみようと。
ヴィンテージを理解するには並べて飲むのも大事ですが、同じ熟成年数を経たものを飲んだ方が真にヴィンテージ理解に繋がるのでは?と思ったのがきっかけです。年一なので正確に比較して記憶するのは難しいですが。
ラルロにしようと思ったのは2002年を飲んで衝撃的に美味しかったことと、そこまで高すぎなかったこと。また生産者の造りの変化が表現されており、経過を追ってみたいと思ったことです。
2008年くらいに思い立ち、2001年ヴィンテージから購入できたので15年経過したら始めようと思っていたら、どこかのタイミングで1998〜2000年も手に入ったので2016年から18年経過した1998年を飲み始め、以後毎年1本10月に開けております(ちょっとした記念日に)。
今年は2002年。ブルゴーニュの偉大な年でこのワインを好きになったきっかけの年。このワインにとってもちょっとした転換期でした。
というのも2003年から完全にビオディナミ農法(*2)に切り替わるのですが、その前から徐々に切り替えており、2002年にこのクロ・デ・フォレは切り替わっていました。2001と2002を飲み比べると全く違うワインかと思うくらいの変化があります。
農法を変えたからだけではなく造りも変化しており、SO2(*3)を減らし、元々取り入れてきた全房発酵(梗から果実を外さないで、房ごと発酵槽に入れる手法)での造りを進めているとのこと。
ニュイ・サン・ジョルジュのワインらしい、果実感に混ざるスパイスや土っぽいニュアンスが特徴的ですが、果実のトーンが高く、液体の滑らかさ、華やかさが感じられ、アフターにかけて元々の特徴が顔を出してくる。とても複雑でストーリー性のある味わいになっておりました。
ラルロは1987年からジャン・ピエール・スメ氏が指揮をとり(当時デュジャックというワイナリーで働いており、当主ジャック・セイスの影響を受けていたと言われております)2007年に引退後は、右腕として働いていたオリヴィエ・ルリッシュ氏が受け継ぎます。
2011年に自らのワイナリーを作るために退職し、その後任にはフレデリック・マニャンの醸造責任者だったジャック・ドゥヴォージュが就任。
2014年にクロ・ド・タールにヘッドハントされた為、後任にはジェラルディンヌ・ゴド女史が就任し今に至ります。
近年でここまで人が変わるドメーヌも珍しいかと思いますが、人の影響もワインに出てくるかと思われます。
またブルゴーニュのヴィンテージ2000年代前半は年の違いが明白で面白い。白赤で若干違いますが、赤ワインの違いを下記に。
2000
難しい成育期からの優しい果実味に酸が穏やかな印象の、早飲みスタイル。
2001
上記同様だが酸があり少しタイトな印象で早飲みスタイル。
2002
果実感と綺麗な酸が高いレベルで調和し、ブルゴーニュらしさのある偉大な年で長期熟成可能。
2003
猛暑。果実味たっぷりでブルゴーニュらしさが無いと言われてしまう。
2004
冷涼で雨が多く、湿気や虫の被害もあり難しいと言われる。早飲みスタイル。
2005
偉大な年。開花から収穫まで理想的な天候だったと言われる、長期熟成型。
難しいと言われる年の方が生産者の違いが如実に感じられます。その年の天候をどう捉え、そのように判断したのか。
2003年のような猛暑の年は収穫のタイミングにより、過熟したブドウからややボッテリとした果実感主体のワインか、果皮や種子のフェノール熟度は低めだが酸を残したブドウからの凝縮感があるが渋みなども強いワインか等、違いが出てきます。
まさしく天と人との対話の結果がワインに表現されるのですね。来年飲むのが楽しみです。
ワインの楽しみの奥深さの一つとして、ヴィンテージ(天)、テロワール(地)、人、を理解するのにいかがでしょうか。
(*1)クローン:果実の質、樹勢の強さ、収量、マイクロ気候への特殊な適正等の理由から、選抜された樹をクローン化して植樹する。非常に一般的な手法で、クローナル・セレクションとも呼ばれる。対極にあるのが、畑から複数の樹を選抜して植樹していくマッサル・セレクション。
(*2)ビオディナミ農法:20世紀初頭にルドルフ・シュタイナー博士が提唱した。自然由来の調剤と、地球と天体の動きによって生じる力場的関与を軸にした「調和」を重視する、一種のオーガニック農法。その本質は、畑(土地)の治療ではなく、免疫力を高めて病害を予防することにあるとも言われる。ワインに限らず、その他の食材にも用いられる農法である。非常に厳格な農法であり、特に湿潤地では実践が非常に困難であるが、最終的なワインに様々な好影響をもたらすことから、世界中の生産者が全面的に、もしくは部分的に導入している。
(*3)SO2:亜硫酸塩、平たく言うと酸化防止剤のこと。「抗酸化」と「殺菌」という二つの役割をもち、ワインの安定性を高めるために広く一般的に用いられている。
<ソムリエプロフィール>
宇佐美 晋也
レカングループ エグゼクティブソムリエ
1980年東京生まれ。
2002年株式会社セーキに入社、ブラッスリーレカン上野に勤務。
2006年「銀座レカン」に異動、以後銀座レカンひと筋に10余年、歴代のソムリエやお客様に育てていただき、ワインの研鑽を積み現在に至る。
レストランのソムリエとして居心地良く楽しいサーヴィスのご提供やお料理とワインのマリアージュを日々追求し、自分が経験したワインの奥深さや楽しさを多くの方に知っていただきたいと思っております。
JSAソムリエエクセレンス。
<銀座レカン>
1974年創業、銀座4丁目ミキモト本店ビルの地階に広がるフレンチレストラン。伝統を受け継ぎつつ創造性を加えたフランス料理を、歴代ソムリエが育んできたワインコレクションと共に、最高のサーヴィスと空間にてお届けするよう努めております。