別府さんは、世界中の多種多様なワイン産地をカヴァーしつつも、オーストリア、ポルトガル、そして中央ヨーロッパ諸国に造詣が深く、日本のワインファンにとってはまだまだ謎めいたワイン産地の魅力を伝えるトップエキスパートです。今回は、チェコワインの魅力に迫ります。
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迫力。
チェコのワインを飲んで常に感じるのは迫力だ。力強さともインパクトとも少し違う、野武士のような骨っぽさ。ボディビルダーのようにシェイプされた近代的なワインとは少し違う、佇まいから伝わる凄み。それは動的な動きの凄さではなく、静的な静けさから響いてくるようだ。少しでも気を抜いたら襲われそうで動けない、野生の動物に対峙した時のような緊張感がどこかにある。
そんなチェコのワインが気になって何度か産地を訪問したが、未だにその味わいの理由はよくわからない。チェコ最大の産地である南モラヴィアは国の南東部にあり、オーストリア国境沿いに位置している。首都のプラハよりもウィーンに近い。オーストリアのヴァインフィアテルとも接していて、特に国境を隔てるような山脈があるわけでもない。しかし洗練の極みとも言えるオーストリアのスタイルと比べると、チェコの味わいの違いは明らかだ。
チェコとオーストリアを隔てたのは、地勢ではない。歴史だ。
ドイツやオーストリアといった大国に挟まれ翻弄された歴史をもつチェコだが、15世紀から20世紀にかけての長い間、ハプスブルグ家の統治を受けていた。余談だが、オーストリアを代表する黒品種として知られるブラウフレンキッシュは、ハプスブルグ家の影響の濃い中欧の国々(東欧とは呼ぶ勿れ。中欧だ。)には今でも広く植えられている。ハンガリーではケークフランコシュ、チェコやスロヴェニア、クロアチアではフランコフカと呼ばれる。
第一次世界大戦後にチェコスロバキアとして独立するも、第二次世界大戦中にナチス・ドイツの侵攻を受け解体。ナチス・ドイツが敗走し、ソ連によって解放されたことでオーストリアとは異なり、共産国としての歩みを進めることになる。民主化は1989年になってからのことだ。
近年、日本でも旧共産圏の国々のワインを目にするようになってきた。ソ連が崩壊し、旧共産圏の国々は西側の投資を受けるようになり、それまでの生産量重視から技術革新を経て輸出向けのワインを作るようになった。
もちろんチェコでもそういったワインは多くある。が、往々にして、それぞれの国や地域のアイデンティティが見つけづらいワインであることも多い。残念ながらそういったワインには迫力や凄みはなく、多くの場合「よくできたワイン」の枠を超えない。「よくできたワイン」は世界中にある。求めたいのは、文化やその造り手なりの強い匂いのする、そこにしかないワインなのだ。
生産者:Dobrá Vinice / ドブラー・ヴィニツェ
ワイン名:Muller Thurgau /ミュラー・トゥルガウ
葡萄品種:Muller Thurgau /ミュラー・トゥルガウ
ワインタイプ:白ワイン
生産国:チェコ
生産地:South Moravia / 南モラヴィア
ヴィンテージ:2019
インポーター:Japan terroir
参考小売価格:¥3,900
ドブラー・ヴィニツェは、その点で最良の造り手だ。
飲めば分かる。圧倒的な迫力。
ミュラー・トゥルガウは一般的に日常消費用の気軽なワイン用の品種だと思われているが、どうしてこんなにエネルギーに溢れたワインができるのかと思う。
砂岩をくり抜いた伝統的な洞窟をセラーにし、ジョージアのクヴェヴリをその中に埋めるほどに新しいものを取り入れているが、しかし造っているワインは紛れもなく、そしてどこよりもチェコらしい。静的でかつ何よりも迫力がある。
チェコは大国に挟まれ、常に翻弄されてきた。
この力強さを強く秘めたようなワインは、何よりもその歴史を思わせるのだ。
<プロフィール>
別府 岳則 / Takenori Beppu
Wine in Motion代表
WSET®Level 4 Diploma
オーストリアワイン大使(Austrian Wine Marketing Board)
ポートワイン・コンフラリア カヴァレイロ (Institute dos Vinhos do Douro e Porto)
International Personality of the Year 2018 (ViniPortugal)
Award of Excellence (Austrian Wine Marketing Board)
J.S.A.認定ソムリエ
レストラン、インポーター、ワインショップを経て独立。
海外ワイン協会や生産者の様々なプロモーションに携わる。
プロフェッショナル向け、ワインラバー向けのセミナーやウェビナーも多数。