近年、PIWI品種の是非がワイン業界関係者を問わず、議題として挙がることが格段に増えたと感じている。
PIWI(ピーヴィーと発音する)は、ドイツ語で「真菌耐性付き葡萄品種」を意味するPilzwiderstandsfähigen Rebsortenの略となり、日本語ではそのままPIWI品種、もしくは「カビ耐性品種」と呼ばれている。
まさにこの「カビ耐性」に特化した特性が、一般的なハイブリット品種とPIWI品種の決定的な違いとなるのだが、PIWI品種ならではの利点もまだある。
まず、長い時間(と研究開発費)をかけて時に30000回を超える交配を繰り返しながら開発されているPIWI品種は、伝統的なワイン造りの基本となるヴィニフェラ種が強く優位となるように調整されているため、古いハイブリッドにありがちなフォクシー・フレイヴァー(いわゆるキャンディー香)が限りなくゼロに近い。
さらに、PIWI品種の多くが、カビ耐性に加えて、寒冷、酷暑、旱魃への耐性も備えているため、気候変動への対応力も格段に高い。
カビ系疾病と気候変動への耐性が高いということは、非常に多くの地域で減農薬と高収量を両立しつつ、灌漑等も含めた環境負荷をも大いに軽減できる可能性が高いということも意味している。
PIWI品種によるワイン造りを実践する生産者(ドイツ・ファルツ地方)の話によれば、品質コントロールのために多少の収量制限を行った上でも、ヴィンテージを問わず安定して75hl/ha以上の収量が維持できているとのこと。
さらに、選果をする必要すらほとんどないとのことなので、コストダウンに関連したPIWI品種の優位性は非常に高いと思われる。
さて、ここまでは良い話ばかりなのだが、ワイン愛好家としては、最終的なワインの品質が気になるのは当然のこと。
現時点でほぼ断言できるのは、「少なくとも従来のハイブリッド品種よりは、遥かに良い」ということだ。
やはり、フォクシー・フレイヴァーが出ないという利点が非常に大きく、感覚的には未知のヴィニフェラ種という範囲内で十分に楽しむことができるかと思う。
一方、PIWI品種で造られたワインが、ピノ・ノワール、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨン、リースリング、ネッビオーロといった品種の最高到達点に届くのか、と問われれば、現時点ではNOと答えざるを得ないだろう。
ただし、各PIWI品種に最も適したテロワールの発見、栽培方法、醸造レシピの研究が進めば、その限りではない可能性も十分に残されている。
要するに、まだまだワインとしては未知数の部分が多いのだ。
先日テイスティングしたこのCabernet BlancというPIWI品種によるワインは、Sauvignon BlancとRieslingを足して3で割ったような味わい。
純粋なヴィニフェラ種を基準にすれば、少々の違和感は確かに感じるが、カジュアルな価格帯のワインとしては、申し分ない品質。フォクシー・フレイヴァーは皆無で、ハイブリッドにありがちな「余韻がすっぽりと抜け落ちる」現象も見受けられない。ミッドパレットがしっかりあるのも、一般的なハイブリッド品種に対する明らかに優位なポイントと言えるだろう。
個人的には、少なくとも現時点では、伝統品種の古樹をわざわざ引き抜いてまで、PIWI品種を植えるべきだとは思わない。
オーガニック化によるコスト増が価格に跳ね返ってきても、伝統産地の伝統品種であれば、相当程度許容されるからだ。
しかし、伝統国でないのであれば、話が違う。
例えば、日本だ。
葡萄に害を与えるカビ由来の疾病としては、ベト病、ウドンコ病、灰色カビ病が最も一般的だが、生育期の湿度が高い日本では、三大疾病に加えて、晩腐病、黒とう病という非常に深刻かつ厄介な病害が加わる。
もしその全てに耐性をもつPIWI品種が開発されれば、ヴィニフェラ種ではどうしても収量が低止まりしがち(長野県のメルローなど、例外もある)な日本において、救いの一手となる可能性は十分にある。
高収量だが病害耐性がやや低い甲州は環境サスティナビリティ面の問題があり、同じく高収量のマスカット・ベイリーAには、フォクシー・フレイヴァーが抜けきらないという難点があるのだから、ヴィニフェラ種に限りなく味わいが近いPIWI品種への期待が高まるのは、自然な流れと言えるだろう。
厳しい見方かも知れないが、客観的に冷静に見れば、日本は「ワイン生産国」として、(異常なペースでワイナリーは増え続けているが)まだまだ不完全だ。そして、不完全であるからこそ、PIWI品種のような「新しいもの」を受け入れることもまた、容易なのではないだろうか。
日本にはまだ生産国としてのワイン文化が無い、という事実は、目線を変えればアドヴァンテージになり得ると、私は思うのだ。
また、ナチュラルワインというスタイルにおいても、PIWI品種ならではの利点が考えられる。
ナチュラルワインでは、葡萄品種の個性が消失する、とまで極端なことを言うつもりは無いが、よりクラシックな例に比べて、その特徴が多少なりとも減ずる傾向にあることは否めない。
実際に、通常ならブラインドテイスティングでも看破が容易なリースリングのような品種であっても、ナチュラル系の場合、判別が非常に難しいことは多い。
そして、そのネガティヴ要素は、PIWI品種の少々曖昧な個性と、むしろ親和性が高いように思えるのだ。
さらに、酷暑耐性が高いPIWI品種なら、ギリギリまで糖、酸、フェノールの成熟を待ちやすくもなるだろう。
このことは、ナチュラルワインに往々にして見受けられるフェノールの熟度不足に起因すると見られる欠陥を、相当程度防いでくれるかも知れない。
品質の最高到達点だけを見れば、PIWI品種はまだ「夢の葡萄」では無いかも知れない。
しかし、TPOによっては、利点が欠点を遥かに上回るのは間違いない。
私自身、一人のジャーナリストとしても、愛好家としても、品質という結果には毅然とした態度を保ちつつも、PIWI品種を継続的に注視していこうと思う。