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チリの至宝 Emiliana

チリのEmilianaをご存知だろうか?


日本では、Concha y Toro、Cono Sur、Montes、Lapostolleといった(低価格〜高価格レンジまで幅広く手がける)中〜大規模ワイナリーが特に良く知られており、AlmavivaやClos Apaltaなどの超高級ワインを専門とするワイナリーへの市場も十分に切り開かれている。


その中で、前者のタイプに属するEmilianaは、(チリにおけるワイナリーサイズのスタンダードとしては)中規模ワイナリーとなる。


実は、日本で相当程度市場が確立している超低価格帯(国内販売価格1,000円前後)と超高価格帯(国内販売価格10,000円以上)の間に埋もれた、中価格帯(国内販売価格3,000~5,000円程度)にこそ、チリと言う楽園の真髄が隠されていることは、あまり知られていない。


SommeTimesではあえて、この中価格帯をプレミアムレンジと呼ぶことにする。


数々の大メーカーによる、長年に渡る不断の努力の結晶(チリワインを理解する上で、大メーカーの功績を決して過小評価してはならない。)として、チリはニューワールド諸国の中でも、極めて「適地適品種」の研究が進んでいる国となっているのだが、その研究成果が最も純粋な形で集約されているワインの大部分が、このプレミアムレンジにある


その理由は単純だ。


超低価格帯〜低価格帯(国内販売価格2,000円前後)では、広域ブレンドを回避するのが現実的ではなく、当然「適地適品種研究」の成果が十全には発揮されない。


一方の高価格帯(国内販売価格6,000円以上)〜超高価格帯では、国際市場を意識し過ぎた「インターナショナル風味」がまだ抜け切ってはおらず、ワインメイキングの強い痕跡が、テロワールの声を遠ざけてしまっている。


だからこそ、その中間にあるプレミアムレンジが、近年ますますライト化しているワインメイキングと相まって、あらゆる意味で「世界最先端」の味わいになるのだ。


そして、今回紹介するEmilianaを始めとし、UndurragaやBouchonといった中規模ワイナリーが最も得意としているのは、チリの真価たるプレミアムレンジである。



1986年にギリサスティ家が創設したEmilianaは、現在北はリマリ・ヴァレー、南はビオ・ビオ・ヴァレーと、チリのほぼ全域に渡って、合計約1,000ha超の葡萄畑を所有している。


1998年、当時のチリでは非常識とすらされていたオーガニック農法とビオディナミ農法が、いずれ世界のスタンダードとなることを確信し、所有する葡萄畑の転換を始めた。


これは、極小規模なケースは除き、少なくとも「緑の革命」(1940~1960年代)以降のチリでは初めての試みであったと目される。


2001年にはチリのワイナリーとして初めて、環境マネジメントシステムの国際標準規格であるISO 14001認証とスイスのオーガニック認証であるIMO(後にEcocert認定へと移行)を取得し、2003年にはチリ初のオーガニック認証ワインとなった「Coyam 2021」及び、「Novas」シリーズをリリースした。


さらに2006年には、チリに留まらず南米大陸初のDemeterビオディナミ認証ワインとなった、「Gê 2003」をリリース。


文字通り、Emilianaはチリワイン産業の「グリーン化」を先導するパイオニアとなった。


その後、日本のJAS規格、EU圏のユーロリーフ、アメリカ合衆国のUSDA Organic規格などを含む10カ国のオーガニック認証、Demeterのビオディナミ認証、フェアトレード認証、ヴィーガン認証、チリのサスティナビリティ規約といったオーガニック/ビオディナミ/サスティナビリティにまつわる様々な認証を得てきた。


現在、1,000ha超の葡萄畑全てがオーガニック認証を取得、多湿なビオ・ビオ・ヴァレーを除く(現在承認プロセスの最中にある)全ての葡萄畑が、ビオディナミ認証も取得している。


この認証取得面積は、Emilianaを世界最大級のオーガニック/バイオダイナミックワイナリーへと押し上げた。


認証を積み重ねた背景には、消費者に対する確固たる安全性及び透明性の提示と共に、Emilianaというワイナリーが、決して「引き返す」ことも「言い訳をする」こともしない、という強い決意の表れであると、今回来日を果たしたワインメーカーのノエリア・オルツは語る。


Emilianaのポートフォリオは、チリの中規模以上ワイナリーの例に漏れず壮大であるが、どの価格帯でも徹底されたクオリティコントロールには、目を見張るものがある。


特に、プレミアムレンジに属するブランドは、その異常とすら言えるヴァリューパフォーマンスの高さも相まって、珠玉のワイン群に満ち溢れている。


では、今回ノエリアと共にテイスティングすることができたワインを、一つ一つ紹介していこう。Emilianaはワイナリー内に多数のブランド(レーベル、シリーズ)を抱えているため、各ブランド名は“”の中に表記しておく。


なお、紹介する全てのワインに対して、ヴァリューパフォーマンスが高過ぎる、と言うコメントが付随してしまうため、各紹介文の中では基本的に割愛させていただく。


Emilianaの国内輸入元:Wine to Style


Emiliana “Signos de Origen”, Organic Chardonnay / Rousanne 2021.

¥3,000(外税)

かつては他産地のワインもリリースしていたSignos de Origenは、カサブランカ・ヴァレーの冷涼気候を精緻に表現するブランドとして再編成された。同ブランド唯一の白ワインとなるOrganic Chardonnay / Rousanneは、カサブランカ・ヴァレーのシャルドネらしい緊張感の緩急に、6%のルーサンヌが魔法のスパイスを加えた傑作ワイン。この品種の原産地と考えられる北ローヌが、(本来は)冷涼気候であることを鑑みれば、納得のチョイスではあるが、チリらしい柔軟な発想が光る。



Emiliana “Signos de Origen”, Organic Pinot Noir 2021.

¥3,000(外税)

海抜300mと、Emilianaがカサブランカ・ヴァレーに所有する葡萄畑の中では、最も低標高のエリアで栽培されているのがピノ・ノワール。60%のフレンチオーク樽(大部分は古樽)、30%のフードル、10%のコンクリート・エッグと言う組み合わせで、やや線が細い傾向にあるこの地のピノ・ノワールに対して、余計な味付けをすることなく、豊かなテクスチャーを引き出すセンスには驚かされる。ストロベリーやレッド・チェリーを思わせる明るい果実味と、冷たいフンボルト海流の影響を感じさせるヴィヴィッドな酸の対比に、チリらしいアーシーさが絶妙なアクセントを加える。



Emiliana “Signos de Origen”, Organic Syrah 2021.

¥3,000(外税)

私がもし、現在チリで最も過小評価されている品種は何かと問われれば、迷うことなくシラー及びカリニャンと答える。カリニャンに関しては、多数のトップワイナリーが取り組むマウレ・ヴァレーの民間原産地呼称制度であるVIGNOが、世界にそのただならぬ価値を認められるのは、時間の問題であると思われるが、シラーは話が別だ。世界はチリ・シラーの素晴らしさを知らなさ過ぎる。特に、カサブランカ・ヴァレーを含む、海岸沿いで栽培されるシラーは、世界的にも稀有となりつつある、真に「冷涼気候」の特性を備えたシラーとなるのだ。Signos de Origenブランドのシラー(5%のヴィオニエを混醸)は、この品種の繊細で優美な本質を、75%の5,000Lフードル樽と25%のコンクリート・エッグという「引きの醸造」で克明に描き出した大傑作ワイン。チリ・シラーの凄さを体感するには、十分過ぎるほどの高品質ワインだ。



Emiliana “Salvaje”, Organic Syrah - Rousanne 2021.

¥2,550(外税)

Emiliana初の亜硫酸無添加ワインとなる、Salvajeブランドは、その誕生プロセスにこそ、何よりも大切なストーリーが詰まっている。葡萄はSignos de Origenブランドと同じ農園内の同標高(海抜380m)同区画内で育てられているが、この葡萄が一貫して揮発酸の発生率が低く、発酵スピードが早く、マロラクティック発酵も非常に安定していたことから、基本的には懐疑的姿勢をとってきた無添加醸造が、この葡萄に限っては可能であると判断された。まさに、無添加ワインを造ることが目的だったわけではなく、テロワールの緻密な観察によって、それが可能になったという好事例だ。そして、この事例はつまり、シラーがこの地にとって最高の適品種であることも意味している。無添加ワインらしい開放的なアロマ、染み込むようなテクスチャー、ジューシー極まりない果実味が、一切のダーティーさを許すことなく、美しい調和を見せている。チリ産クリーン・ナチュラルワインの金字塔とすら言えるほどの、素晴らしい完成度だ。


Emiliana “57 Rocas”, Carmenere 2019.

¥4,000(外税)

57Rocasは、故ホセ・ギリサスティの功績を讃え、Emilianaに限らず、チリにおけるビオディナミ農法の聖地となった、コルチャグア・ヴァレーのロス・ロブレス・エステートに植えられた、自根のカルメネールから誕生したブランド。個人的に今回のテイスティングの白眉と考えているが、その理由は最大限に良い意味で、57Rocasが「チリのカルメネールらしくない」からだ。一時はチリを象徴する品種として讃えられたカルメネールだが、一般的に肥沃なエリアで栽培されてきたことが災いし、収量過多によるフェノールの熟度不足から、品種特性でもあるピラジンが強く立ち現れ、それを覆い隠すために、往々にして強過ぎるオークのトリートメントが施されてきた。単純にワインとして見れば、それらのカルメネールは高品質ではあったものの、そこにはテロワールが正しく反映されてはいなかったとも言える。しかし、Emilianaの57Rocasは違う。収量が自然と適切に制限される土壌を選びぬき、丹念な栽培と、正直な醸造によって、カルメネールの本当の姿が、かくも美しく引き出されているのだ。野薔薇や杉を思わせる森のアロマ、チェリーを思わせるチャーミングな果実味、赤パプリカの絶妙なアクセント、エレガントでしなやかな体躯、細糸を長く紡いだような、繊細なミネラルの余韻。その重厚でありながらも、軽やかさを失わない至極のハーモニーが、体の隅々にまで染み渡る。このワインを、テロワール・ワインと呼ばずして、何と呼べば良いのだろうか。余談だが、この素晴らしいワインに92点しかつけない評論家の審美眼には、強い疑問を抱く。



Emiliana “Coyam” 2020.

¥3,500(外税)

2001年ヴィンテージがチリ初のオーガニック認証ワインとなったCoyamは、Emilianaにとっての記念碑的ワインであり、同ワイナリーがフラグシップと位置付ける最重要ブランドでもある。葡萄畑はコルチャグア・ヴァレーのロス・ロブレス・エステートにあり、シラーとカルメネール(合わせて平均75%前後)を主体に、合計9品種がブレンドされている。ブレンドの中には、チリでは比較的珍しいガルナッチャ、ムールヴェドル、プティ・ヴェルド、テンプラニーリョなども含まれており、Emilianaの先進性と自由な発想が、このワインに集約されていると言えるだろう。アッサンブラージュ・タイプのワインらしく、その魅力は細部まで彫琢されたトータル・バランスの妙にあるが、ありきたりなボルドー型ブレンドではなく、シラーとカルメネールを主体とした純チリ的表現の粋も、是非堪能していただきたい。あえてこのワインにだけは、コメントさせていただくが、その突き抜けた完成度を鑑みれば、どう考えても価格が安過ぎる。



Emiliana “Gê” 2020.

¥11,000(外税)

Emilianaのポートフォリオの中でも、飛び抜けて高価なワインとなるGê(スペイン語では、「へー」と発音する)は、ワイナリーによって「Icon=象徴」として位置付けられた、文字通りの最高傑作である。葡萄畑は57RocasやCoyamと同様に、コルチャグア・ヴァレーのロス・ロブレス・エステートだが、収量は22hL/haと、他の2キュヴェ(39hL/ha)よりも格段に制限されている。従来なら、この手の最高レンジワインは、いかにもなインターナショナル味に支配されているものだが、常に時代の先を見据えるEmilianaの哲学は、このワインに異次元の現代的洗練を施している。極限まで凝縮した葡萄の強大なパワーを受け止めるために、最初の10ヶ月間こそ80%をフレンチ・バリック(内半数が新樽)、20%をコンクリート・エッグで熟成させるが、その後は半量以上をコンクリート・エッグへと移し、テクスチャーを柔化させる。相反するはずの力強さと軽やかさは高次元で融合し、「偉大なワイン」と呼ぶべき聖域へと到達している。

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