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Chinonが魅せるテロワールの妙

テロワールとは、ワイン趣味の真髄であり、醍醐味そのものだ。

 

その場所でその葡萄が育てられたからこそ現出するユニークな味わいは、ワインという飲み物に無限の変数をもたらす。

 

生産者の個性や産地全体としての特性ももちろんあるが、結局どの生産者もどの産地も、突き詰めていくと、テロワールという不変の真理に戻ってくる

 


テロワールを形成する要素は実に複雑だが、その中でも「土壌組成の画一性」という視点から見ると、大きく下記の3カテゴリーに分類することができるだろう。

 

カテゴリー1:広範囲に渡って土壌組成に画一性が見られる。

カテゴリー2:中範囲に渡って土壌組成に画一性が見られるが、同産地内に複数のまとまった土壌タイプが存在する。

カテゴリー3:土壌組成の画一性が狭範囲に留まるため、時に極端にモザイク化する。

 

カテゴリー1は、広く平野が広がる産地に多く、場合によっては大量生産型産地となる。

 

カテゴリー2は、河川と丘陵地の組み合わせに多く、ある程度の画一性がありつつも、それほど複雑にはならないため、テロワール探求の足がかりとしては最適な産地と言える。

 

カテゴリー3は、河川、丘陵地、急斜面の山岳地が混在するようなエリアに多く、狭範囲でモザイク化した土壌組成によって、テロワール表現の追求は困難を極める。

 

そして、今回お話するフランス・ロワール渓谷の銘醸地Chinon(シノン)は、カテゴリー2に属している。

 

 

Chinon

「古風な銘醸地」と表現すれば良いだろうか、「一周回って新鮮」と表現すべきだろうか。ワインを深く学べば学ぶほど、シノンという産地の魅力に吸い込まれていく。

 

スーパースター的なカルト生産者の登場によって注目を浴びた、お隣のSaumur-Champigny(ソミュール=シャンピニィ)と比べると、どこか「いぶし銀」的味わいで、ある意味「永遠にニッチ」な存在とも思える産地だからこそ、マニア心を絶妙にくすぐるのだろうか。

 

同じ葡萄品種が主体のワインでも、サン=テミリオンが好き、と言えば何処となくミーハー感とセレブ感が漂うが、シノンが好き、と言えば不思議と即座にワイン玄人認定されてしまうような側面すらある。

 

まぁ、隠れた名品を尊ぶマニアの世界というのは、得てしてそういうものだ。

 


さて、そんなシノンだが、全てがずっと古風なままであった、ということは無い

 

ロバート・パーカーJrの影響力が全盛期にあった時代には、「ピラジン=悪」という風潮が強かったため、品種(カベルネ・フラン)とテロワール(やや冷涼)の組み合わせによって、ピラジン風味が強かったシノンの味わいは、批判の対象となることも多かったが、ピラジンという一点においては、とっくに「昔の話」だ。

 

栽培技術の向上、熟度への考え方の変化、選果の徹底、そして気候変動の後押し。

 

シノンのピラジン革命は、随分と前に成功を収めている。

 

 

では、ピラジンが消えたシノンの何が「古風」なのか。

 

それは、シノンが極めてテロワールに従順なワインである、という意味においてだ。

 

そもそも、ボルドー品種を、安易に醸造技術による積極的改変と結びつけること自体が間違いであり、カベルネ・フランもまた、テロワールを緻密に表現する能力を存分に備えている。

 

 

Chinonの土壌組成

北の境界線にはロワール川、エリアの中央部にはヴィエンヌ川が流れるシノンの土壌組成は、川からの距離と地勢によって、3つのタイプに大別することができる。(例外は多々あり。)


画像:Vins du Val de Loireより


2つの川に限りなく近いエリアでは砂と砂礫が主体に、アペラシオン中央部に向かう中腹の丘陵地では粘土石灰質が主体に、丘の頂上付近の緩やかなエリアではシリカとシレックスが多く含まれる粘土砂質土壌が主体となる。

 

一般的には、砂と砂礫が主体となる川沿いのエリアでは軽やかなワインに、粘土石灰質が主体の中腹エリアでは力強いワインに、頂上付近の鉱石を多く含む粘土砂質土壌では、力強く硬質なワインとなる。

 

さらに、特に中腹の畑では、斜面の方角という要素も加わってくる。

 

 

Jean-Maurice Raffault

去る11月、ロワールからシノンの生産者が来日し、セミナーを開くと聞いて飛びついた。

 

日本では非常に希少なシノンに関する専門的なセミナーであり、さらに名手として知られるJean-Maurice Raffualtの現当主、Rodolphe Raffault氏の来日とあって、大いに期待に胸を膨らませていたが、その内容は想像を遥かに上回る、素晴らしいものであった。

 

Jean-Maurice Raffaultは、1693年に設立されたシノンの古参ワイナリー。



1973年にワイナリーを引き継いだ先代のジャン=モーリスは、葡萄畑を大幅に拡大させつつ、テロワールごとに区画を分割し、単一畑シノンを時代に先駆けてリリースしたことによって、シノンの革命者としても知られている。

 

1997年には、ディジョン(ブルゴーニュ)で醸造学を収めたロドルフが後を継ぎ、精密さを増したテロワール表現を推進、長年厳格なリュット・レゾネ(減農薬農法)を採用してきたが、2016年にはビオロジック農法へと完全転換した。(2019年に認証取得)

 

では、セミナーで試飲したワインを、それぞれのテロワールと紐付けながら解説していこう。

 

国内輸入元:The Wine Experience


Chinon Rouge “Les Galuches” 2021.
(国内参考価格:税抜3,500円)

アペラシオンの北西部、ロワール川沿いに位置する約10haの区画から造られるキュヴェが、Les Galuches。砂質土壌を主体に、少々の砂礫が加わる土壌となる。川に近いことから湿気が溜まりやすく、熱を逃しきれない土壌でもあるため、温暖化の影響をかなり受けているエリアとのこと。

 

砂質土壌らしく、リフト感の強い赤系ベリーとスミレがフレッシュに薫る、極めて華やかなアロマが印象的。果実味の重心も高く、2021年というクラシックなヴィンテージの影響も相まって、非常にチャーミングで軽やかな味わいだ。

 

 

Chinon Rouge “Clos d’Isoré” 2020.
(国内参考価格:税抜4,000円)

アペラシオン中央部、丘の中腹にある粘土石灰質土壌主体の区画(約3ha)から造られるキュヴェが、Clos d’Isoré。1938年植樹と樹齢が高く、マッセル・セレクションによって多様性が維持された葡萄畑からは、極めて奥深く優美なワインが生まれる。

 

特に興味深いのは、この区画が最も日当たりの悪い北西向きの斜面、であることだ。

 

2020年という暑いヴィンテージでありながら、高いフレッシュ感が保たれた味わいと、このテロワールは決して無縁ではない。

 

また、中腹エリアの中でも特に石灰岩含有率が高い区画とのことで、隅々まで行き渡った緻密かつ屈強なミネラリティー、洗練されたストラクチャー、凝縮しつつも軽やかな果実味、しなやかなタンニンが詰まった見事なワインとなる。

 

長期熟成能力に疑いの余地はなく、南向き斜面が苦戦しがちな現代の気候においては、最も「古風」なシノンと言い換えることもできるだろう。

 

 

Chinon Rouge “Le Puy” 2021.
(国内参考価格:税抜5,800円)

Clos d’Isoréと同じく、アペラシオン中央部、丘の中腹にある粘土石灰質土壌の区画となるLe Puy(1.7ha)だが、こちらは南向き斜面となる。

 

重心が低く、流速が上がるという性質は、まさに粘土石灰質の斜面が示唆する個性そのものであり、豊かな日照からくる強い色調、濃密で熟度の高い果実感が、2021年ヴィンテージならではの快活な酸、豊かなミネラリティと共に表現されている。

 

その重厚感とエレガンスが共存したスタイルは、極めてテノール的。

 

 

Chinon Rouge “Clos de l’Hospice” 2019.
(国内参考価格:税抜き7,800円)

2008年に、荒廃した古い葡萄畑を再植樹して誕生したのが、Clos de l’Hospice。ヴィエンヌ川沿いの北側にある僅か0.65haの小区画で、その歴史に関する記録は、1626年にまで遡れるそうだ。

 

川沿いの区画ではあるが、南向きの急斜面とあって、大きな岩石を多く含む特殊な土壌組成となっている。

 

また、北西部のLes Galuchesの区画とは異なり、冷涼さと高い酸(低いpH値)が保たれる、特殊な環境とのこと。

 

さらにロドルフは、このキュヴェに限り、亜硫酸無添加で醸造から瓶詰めまで行っている。

 

氏いわく、「この葡萄畑のテロワールが、それ(無添加)を可能にした。」とのこと。

 

醸造においても、徹底した温度管理をしつつ、MLFによって自然発生した二酸化炭素で酸化を防ぎ、澱引きを瓶詰め直前まで行わないことでワインの耐性を高め、瓶詰め時には微量の窒素を添加するなど、ワインを健全に保つための様々な工夫が行われている。

 

無添加ワインらしく、テクスチャーの柔軟さは、他の追従を許さない。アロマも極めて開放的であり、アップリフトされたジューシーかつフレッシュな果実味、機敏な酸、煌びやかなミネラリティ、ソフトなタンニンが渾然一体となった、大傑作ワインだ。

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