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La Maliosa ~時代の先を行く農の在り方~

私はそこへ行ったのではなく、大きな世界の小さな一部として、ただそこに在った。


ラ・マリオーザ


世界の理とは、在り方が異なる存在。


パルテノン神殿、マチュピチュ、そして霊峰富士のように。


その隔絶性は、ただならぬ神性を纏い、人々を強烈に蠱惑する。


踏み締める大地も、吸い込む空の気も、鳥たちの囀りも、悠然と佇む葡萄樹も、人である私も、全てが一つへと緩やかに集約していく。


何もかもが曖昧になっていく世界の中で、私は確かに見た。


シンプリシティの行き着く先。


曇りのない、普遍の美を。


©️La Maliosa



誕生・邂逅

トスカーナ州・マレンマ地方にあるラ・マリオーザ農園は、アントネッラ・マヌーリの使命感によって生まれた。


リゾート・ホテルを営むマレンマの裕福な家庭で生まれた彼女は、スイス、アメリカで学んだ後に、有機農業こそが、この蝕まれた世界を救う一手であると確信した。


自身の人生が向かっていく先を見据えながらも、金融業で自ら財を成し、一時的に家業を継いでいたアントネッラだが、愛するマレンマの自然が壊されていくのを、いつまでも黙って見ていることはできなかった。


2007年。誰もが羨むような安泰を捨て、私財の全てを注いで160haもの丘陵地を購入したアントネッラは、マレンマの風土、伝統、景観を守り、失われた調和を再生させるためのラ・マリオーザ農園プロジェクトを始動させた。


丘陵地のほとんどは手付かずの森林。現在でも6haと農園内に極僅かな面積しかない葡萄畑は、最初から有機的に栽培し、2010年には有機とビオディナミの認証を取得


しかし、有機もビオディナミもアントネッラにとっては、あくまでも手段であり目的そのものでは無かった


彼女が目指す「その先」は、より包括的な持続可能農業にあったのだ。


試行錯誤を続ける中、アントネッラはついに、ロレンツォ・コリーノとの出会いを果たす。


葡萄栽培に関する90を超える著作、共著を誇る農学者であり地質学者、イタリアにおける持続可能農業の大家、そして、「理論の証明」の場でもあった、カルト的人気を集めるピエモンテ州アスティ地方のワイナリーCase Coriniの5代目当主として知られたロレンツォを、アントネッラが口説き落としたのは、ラ・マリオーザ農園が見渡せるモンテカヴァッロという丘の上だった。


「人生の集大成たるに相応しい環境だ。」


隔離され、汚染されていないラ・マリオーザ農園の土地は、アントネッラのほとばしる情熱と共に、それまで頑なに全てのオファーを断ってきたロレンツォの心を強くとらえた


おそらく数十年後には、ジュール・ショヴェとマルセル・ラピエール、ピエール・オヴェルノワのように、伝説として語られるであろう師弟関係が始まったのは2013年1月のこと。


アスティ・ワイン醸造研究所所長を退任したロレンツォは、アントネッラと共に歩み始めたのだ。




メトド・コリーノ

敬愛するロレンツォが40年以上の歳月を費やした研究成果を形として残し、世界に広めたい。


アントネッラの強靭な意志と、師への深い想いが後押しをしたのだろう。


ロレンツォとアントネッラは、ロレンツォの理論及び哲学を、体系的かつ包括的に網羅したメトド・コリーノをまとめ上げた。


土壌の活力を高めることと、環境を守ることを両立させる。


農場で働く人だけでなく、周辺で暮らす人や農場から生まれたプロダクトを消費する人の健康までをも、包括的に守る。


その土地の文化、風土、人々の生き方、そして調和の中にある美しい景観を守る。


葡萄の寿命を伸ばし、古樹という財産を育む。


土壌、微生物、水といった貴重な資源を奪わず、二酸化炭素排出量よりも、農園内での吸収量を遥かに高める。


葡萄栽培に用いられる全ての植物資源は、農園内で循環する完全閉鎖式によって調達する。


その地で歴史的に栽培されてきた品種を守り、テロワールに最も適合した栽培方法を選ぶことによって無農薬栽培を実現し、自然環境を守るだけでなく、その地の伝統と個性をも守る。


そして、それら全ての持続可能性が集約することによって、生産者の経済的持続性も守る。



また、そのような環境で育まれた野生酵母とバクテリアは、真のテロワール・ワインを生み出す根幹となる。


ワイン造りにおいては、発酵による自然な変化を妨げるあらゆる化学的、物理的矯正や添加物を拒絶するが、ただ自然に任せるのではなく、造り手の技と経験によって、自然で健康なワインへと導いていく。


メトド・コリーノが目指しているのは、単純なビオロジックやビオディナミの範囲を遥かに超えたものだ。


中でも、地葡萄(好適品種)の保護を、伝統と環境保護の両方へと結びつけている点は、メトド・コリーノの最たる特徴であり、極めて高く評価されるべきと言えるだろう。


好適品種の定義に、その地で有機栽培が可能かどうか、という要素を加える。

伝統品種の保護が、その土地を葡萄畑にする、ということに(サスティナビリティの観点から見ても)確固たる意味をもたらす。


これは、気候変動問題に直面しているワイン産業に、今まさに新たに生まれつつ価値観である。


ロレンツォにはとっくに見えていたのだろう。


ワイン産業がいずれ必ず立ち向かうことになる問題と、その解決策が。


惜しむらくは、2021年にロレンツォが急逝してしまったことによって、彼が「その先」を見届けることができなかったことだ。


ロレンツォの最期は、最晩年にビオディナミ農法を提唱したルドルフ・シュタイナーと、まるでシンクロしているようにすら思えた。




アントネッラのワイン

ロレンツォとアントネッラは師弟であり、友人であり、家族に等しい関係だった。

アントネッラがロレンツォのことを尊敬していた以上に、ロレンツォがアントネッラのことを尊敬していた。

ロレンツォの理論を実践し、実現させることができたのは、他ならぬアントネッラ自身の強靭な意志と圧倒的な行動力によるものだ。


これらは、私がラ・マリオーザ農園で聞いた数々のエピソードの中で、最も印象に残ったものだった。


そしてこのエピソードは、私がかねてから抱いていた疑問への明確な回答ともなった。


そう、ロレンツォ自身のワインであるCase CoriniとLa Maliosaは、産地や品種がそもそも違うことをどれだけ差し引いても、あまりにも大きく異なるワインであるとしか、私には思えてこなかったのだ。


確かにLa Maliosaにロレンツォは深く関わっていたが、La Maliosaのワインは、マレンマの美しい自然、伝統、文化、風土を守りたいという、アントネッラの想いと願いの結晶だ。


偉大なる賢人ロレンツォ・コリーノに最大限の敬意を払いつつ、やはり私はLa Maliosaをアントネッラのワインだと考える。


ビオディナミ農法を採用したワイナリーのワインを、シュタイナーのワインだとは誰も言わない。


ジュール・ショヴェの教えを受けたマルセル・ラピエールやピエール・オヴェルノワのワインは、彼ら自身のワインであるということに、異論を唱える人などいない。


同じ様に、メトド・コリーノの実践者であるアントネッラのワインが、Case Coriniとは違っているのは、極当たり前のことなのだ。




葡萄畑

アントネッラが現在のラ・マリオーザ農園を購入した時、農園内にはすでに古い葡萄畑が一つあった。



Vigna Madre(母の葡萄畑)と名付けられ、樹齢60年を超える地葡萄が残されたその葡萄畑は、私がラ・マリオーザ農園の中で最初に足を踏み入れた場所でもある。


良い葡萄畑には、良い空気が流れている。


まさにその通りの葡萄畑だったのだが、それ以上に驚いたことがある。


その土の異常なまでの柔らかさだ。



一見固そうにも見えるのに、一歩踏みしめる度に、軽く5cmは足が沈み込む。


まるで、スポンジの上を歩いているような感覚だ。


実は、この土とメトド・コリーノの間には深い関係性がある。


先述したメトド・コリーノの内容が、より思想的、哲学的な内核だとしたら、この土の柔らかさをもたらした要素は手法的な外核にあたる。


そう、メトド・コリーノでは、無施肥、無除草、不耕起が基本となり、農薬も僅かなボルドー液しか使用しないのだ。


畑に重機を入れないため、土が押し潰されない。

干し草を敷き詰め、地表から水分が蒸発されるのを防ぐことは、水を微生物や葡萄樹の活動源としつつ、より自然な水分循環に近い環境を生み出す。

刈った草は放置しておくと微生物の餌となり、そのメタボリズムによって空気が地中に保たれ、分解された雑草はそのまま堆肥となる。

餌がたくさんあれば、微生物の数も自然と増える。

微生物が増えれば、他のより大きな生き物たちとの食物連鎖が生まれ、やがてその環境は調和へと至る。


完全な調和へと至った森林が、肥料や農薬などなくても、永続的に自己循環し続けるのと同様に、葡萄畑でも持続的な自己循環を可能とする環境を整える。


当然、この手法では無駄なエネルギーの消費など発生しない。



そして、何よりも重要なのは、その絶対条件としてメトド・コリーノが掲げているものこそ、長い時間をかけてその土地に適合し、無駄な農薬を必要としない地品種の栽培である、という点だ。


自然にとって理にかなったサイクルは、人にとっても、地球にとっても理にかなったものとなり得るのだ。



また、ロレンツォ参画以降に開墾された葡萄畑では、メトド・コリーノの更なる外核的手法が取り入れられている。


斜面に切り拓かれた新しい葡萄畑は、離れたところから見ると随分といびつに見えるのだ。


普通は斜面に対して、水平に整列するように植えられているのだが、ここでは葡萄樹同士を繋いだ線が、僅かに蛇行している。


そう、斜面を整地するように開墾するのではなく、斜面の自然な等高線に沿って植樹しているのだ。



整地を行わないため、土壌が流出せず、土も柔らかさを保つことができる。


また、斜面で土が柔らかいと普通は農作業に危険が生じる(しかも、作業効率が悪い株仕立てが採用されている。)ものだが、等高線に沿っているため、常に地面に対して真っ直ぐに立てるポジションを維持しながら作業ができる


ありのままの自然の形も、そこに入る人も守る。


あまりにも理にかないすぎていて、私はすっかり言葉を失ったまま、(高所恐怖症の私に)一切の恐怖心すら感じさせない優しい斜面を、自在に歩き回った。



さらに、アントネッラとロレンツォにとって、思い出の場所でもあるモンテカヴァッロの丘は現在、頂点から360度パノラマ状に広がる葡萄畑となっている。


ここでも等高線が保たれており、東西南北をぐるっと一周する葡萄畑には、(日照の関係で)自然と多様なマイクロテロワールが生じ、さらに18種類を超えるクローン(バイオタイプ)のサンジョヴェーゼが植えられている。


自然と人を守るために、徹底徹尾考え抜かれた葡萄畑。


良く耳にするフレーズだが、ラ・マリオーザ農園のそれは、次元が違った。




La Maliosa

アントネッラは現在、ラ・マリオーザ農園内にある合計6haの葡萄畑に加えて、ピティリアーノ(マレンマ地方の重要DOCGであるMorellino di Scansanoの主要エリアの一つで、非常に強い火山性土壌が特徴。)とスコヴァヴェンティ(ピティリアーノの南西にあり、同じく火山性土壌。)にある葡萄畑をメトド・コリーノに基づきながらケアしている。


ラ・マリオーザ農園内の葡萄畑は、Vigna Madreを除いて全てまだ樹齢が若く、十分な収量と品質を得るには至ってないため、ピティリアーノとスコヴァヴェンティで育てた葡萄もワインには多く用いている。



Uni

La MaliosaのUniは、イタリアにとどまらず、世界レベルで見ても、オレンジワインというジャンルの、最高傑作の一つだと断言できる。


葡萄品種は、マレンマに深く根付いてきたプロカニコ。

海抜300m地点にあるピティリアーノの葡萄を90~95%ほど使用し、残りはラ・マリオーザ農園のVigna Madreに僅かに残されたプロカニコとなる。


マセレーション期間はヴィンテージによって異なるが、おおむね3~4週間となる。


紅茶、杏的風味と立体感のある酸が西洋のニュアンスを、渋柿や金柑を思わせる香味が東洋のニュアンスを演出し、長い余韻と共にノスタルジーが湧き上がる。


強く凝縮した旨味、多層的なアロマ、優しく包み込む様な渋味、圧巻のトータルバランス。


素晴らしいとしか言いようが無い。



Saturnia Bianco

よりカジュアルなラインとしてリリースされるSaturnia Bianco(ビアンコとあるが、実際にはオレンジワイン)は、プロカニコとトレッビアーノ・トスカーノのブレンドとなる。


ピティリアーノの海抜300m地点にある、火山性土壌の葡萄畑から。


マセレーション期間は最大でも3週間ほどとなり、凝縮感は低いがフルーティーで爽やかなトレッビアーノ・トスカーノの特徴もあってか、明るい果実感に加えて、花とハーブのニュアンス、にじみ出る様な塩味、ほのかなスモーク感が特徴的なオレンジワインとなる。


ヨーロッパのオレンジワインには良くある「陰」のニュアンスが少なく、ストレートにマレンマの豊かな太陽の恵みを感じられる、見事なワインだ。



Maliosa Rosso

かつてはチリエジョーロ主体のブレンド赤だったが、2021年ヴィンテージではチリエジョーロ100%となったのが、Maliosa Rosso。


葡萄畑は主にラ・マリオーザ農園にあり、樹齢60年のVigna Madreと、Vigna Madreから取ったクローンを植えた新たな区画のものも合わさっている。


チリエジョーロはマレンマの最も伝統的な黒葡萄(サンジョヴェーゼよりも)であり、この地に広く適合したと考えられてきた品種だ。


また、チリエジョーロはイタリア語でさくらんぼを意味しており、その香味的特徴もまさにさくらんぼ的なものとなる。


赤系の果実感を主体に、ハーブとスモークのニュアンスが重なり、エッジの効いた酸がやや細身の体躯に確かな立体感をもたらしている。


テロワールに適合した品種による、エレガントでしなやかなワイン。


こういう、滋味深さこそが、イタリア地ワイン最大の魅力でもある。



Stellata

La Maliosa最上のワインは何か、と聞かれたら、迷うことなくStellataと答える。


その最大の理由は、この偉大なワインを構成するカンノナウ・グリージョにある。


カンノナウ・グリージョは、南フランスにおいてはグルナッシュ・グリと呼ばれる葡萄と同品種ではあるが、長年に渡ってマレンマに根付いたことによって変異を繰り返しながら、完全に独自の個性を獲得したと言って差し支えないだろう。


また、カンノナウ・グリージョはLa Maliosaが所有する最古の葡萄畑であるVigna Madreの主要品種でもあり、2009年にはVigna Madreから新たな区画へとクローン移植もされているため、La Maliosaを象徴する葡萄とすら言える。


長く根付いてきた一方で、チリエジョーロと比べるとマレンマにおける栽培は少ないため、代表的な地葡萄とは言い難いが、少なくともラ・マリオーザ農園のテロワールとは、完璧以上に適合していると考えられる。


その証拠こそが、Stellataが有する真円を描くようなトータルバランスの妙にある。


果実味、酸、渋味の精妙な配置は、最上のバローロやブルネッロ・ディ・モンタルチーノをもほうふつとさせ、圧倒的な余韻の長さと、縦方向への伸びやかさは、この品種が真の好適品種であることを高らかに宣言している様にすら感じさせる。


南トスカーナを代表する、紛れもない最高傑作だ。



Tarconte

サンジョヴェーゼからなるTarconteは、La Maliosaの中でも一際異質なワインだ。


このワインを、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ、キアンティ・クラシコ、ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチャーノといった同州の名ワインを基準に考えると、首をかしげる人も少なからずいるだろう。


しかし、その方向から見てしまうとこのワインの真価を確実に見誤ることになる。


Tarconteの主体となるサンジョヴェーゼは、強い火山性土壌であるピティリアーノとスコヴァヴェンティで育てられたものであるため、このワインには極めて強力な火山のニュアンスが宿っている。


明確にスモーキーなアロマ、明るさとやや枯れたニュアンスが同居するような果実味、熟したタンニン、存在感のある酸といった特徴は、トスカーナ州の典型的サンジョヴェーゼ主体ワインよりも、シチリア島のエトナ・ロッソなどと比較した方が分かりやすいだろう。


テロワールは葡萄よりも強い、ということを証明するかのようなワインでもあり、その神秘性は極めて魅力的だ。



Saturnia Rosso

サトゥルニア・シリーズの赤は、マレンマの伝統を詰め込んだようなワインとなる。


葡萄品種はサンジョヴェーゼ、チリエジョーロ、カンノナウ・グリージョ。


葡萄畑はピティリアーノを中心に、ラ・マリオーザ農園内の葡萄もブレンドされる。


干し肉的なニュアンスを演出するほのかなブレタノミセスのタッチは絶妙そのもので、ウェットな下草や海苔を思わせる香味からは、マレンマらしい海と大地が合わさったような個性をはっきりと感じ取ることができる。


ブレンドの妙によって、押しの強さよりも繊細さと透明感が際立っているが、みなぎるようなエネルギー感も同時に宿しているため、そのストラクチャーは実に強固なものとなっている。


また、コストパフォーマンスという面においても実に素晴らしく、トスカーナ産カジュアル&ナチュラル赤ワインの大傑作と呼ぶに相応しいだろう。




理想の向こう側

La Maliosaはアントネッラとロレンツォの理想が詰め込まれたワインであり、ラ・マリオーザ農園は彼らにとっての理想郷そのものである。


そして、その理想の向こう側には、環境汚染と気候変動に立ち向かう試練を課された現代の大人たちにとって、決して目を背けるべきではないメッセージが込められている。


まだまだ、メトド・コリーノを実践するワイナリーはほとんど無いが、その先進性はあらゆる意味で現代的なSDGsにも対応したものでもある。


ロレンツォ・コリーノの研究が、アントネッラの憂いが、より多くの人に届き、人々が地球と伝統と人を守り続けるための指針となっていくことを切に願うばかりだ。

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