過去2年ほどの間だろうか、最先端のアイデアに敏感なソムリエやワインプロフェッショナルをじわじわと賑わせてきたワインがあった。
その名は、パイス・サルヴァヘ。
チリの中でもややマイナーな、マウレ・ヴァレーから登場したこのワインが、多くのトッププロフェッショナルを魅了してきた理由は、その個性豊かな味わいだけでなく、非常に特殊な葡萄畑にもあった。
葡萄品種はパイス。樹齢は不明(おそらく、200年以上)。無灌漑、無農薬、そして、無剪定のこの葡萄は、まさに「手付かず」のまま、自然環境と完全に一体化する形で、数えきれないほどの悪天候による試練、旱魃、病害を自力のみで乗り切ってきた。
今でも栽培において人の手が入ることは一切なく、収穫時にのみ、ありのままの自然の恵みを人が分けて貰っている形だ。
さて、このワインの特殊性を深掘りする前に、まずはパイスという葡萄の話をしておこう。
パイスは、16世紀に当時「黄金の世紀」と呼ばれるほどの最盛期を謳歌していたスペイン王国・ハプスブルグ朝が中南米大陸に対して非常に積極的な植民地化政策を行っていた際に、キリスト教布教という重要な役割を担っていた宣教師達によって、イベリア半島からカナリア諸島を経由して、現在のメキシコとペルーに持ち込まれた。
元々の葡萄品種名はリスタン・プリエト。発祥の地とされるスペイン本土ではすでに姿を消したが、カナリア諸島には極僅かながら生き残っている。
注目すべきは、当時の航海者たちは、リスタン・プリエトの「枝」ではなく、「種」を持ち込んだという点だ。