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南アのピノ・ノワールは本当に注目に値するのか?

南アフリカ共和国。アフリカ大陸の最南端に位置し、アフリカ大陸各国の中でも、最もヨーロッパの影響が色濃い国の一つである。大航海時代の初期である15世紀末頃にはポルトガル人が喜望峰に到達。1655年に最初の葡萄園が開かれた南アは、ニューワールド産地の古参組でもある。日本においても、近年じわじわとブームの兆しを見せており、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、チリ、アルゼンチンに並ぶニューワールドの代表的産地として、既にそのポジションを確立しつつある


そんな南アでは、かつてはスティーンとも呼ばれていたシュナン・ブラン、南ア発祥でありながらも、近年ようやく理想型とも考えられる優美な表現を見出したピノタージュ、ステレンボッシュのカベルネ・ソーヴィニヨン、スワートランドのシラー辺りが注目されてきた。ソーヴィニヨン・ブランやシャルドネも高水準のワインが多い。しかし近年、新たに3つの葡萄品種が大きな注目を集め始めている。セミヨン、サンソー、そしてピノ・ノワールである。前者2つは、原産国ですら希少となった超古樹が、南アに少なからず残っていたことが注目の主因であるが、ピノ・ノワールに注目が集まり始めた理由は全く異なる


そう、どうやら、南アのピノ・ノワールは、桁違いのポテンシャルを秘めているようなのだ


2021年4月21日、WOSA(Wines Of South Africa)主催のウェビナーは、南ア産ピノ・ノワールの核心に迫る内容であったので、SommeTimesにてレポートする。


現在、南アの中でもピノ・ノワールの産地として評価が高いのは、Elgin(エルギン)、Overberg(オーヴァーバーグ)、そしてWalker Bay(ウォーカー・ベイ)の三産地。今回のウェビナーでは、Overbergに含まれる小地区であるElandskloof(エランズクルーフ)と、Walker Bayに含まれる小地区(さらに3つのエリアに別れる)であるHemel-en-Aarde(ヘメル・アン・アールダ)が題材となった。


©︎WOSA

左下の円に含まれるエリアがピノ・ノワールの適地


南アフリカにおけるピノ・ノワールの歴史は、ステレンボッシュのMuratie Estateが1927年に植樹したことが始まりとされている。しかし、初期に導入されたピノ・ノワールのクローン(スイス系のBK5)は、スパークリング・ワイン用に選定されたものであり、高品質なスティルワイン用としては少々役不足であった。長い不遇の時を経て、南アのピノ・ノワールに真の夜明けが訪れたのは、1990年代に入りディジョン系のクローンが導入された時からだ。つまり、実質的に南アフリカにおけるピノ・ノワール発展の歴史は、30年程度とも言える。そして、1976年のパリの審判以降に世界中で巻き起こったインターナショナル・スタイルへの転換という巨大なブームからは、完全に出遅れてしまったとも言えるだろう。しかし、結果だけを見れば、出遅れたことが逆に功を奏したのでは無いだろうか。南アのピノ・ノワールは、テロワールの表現を鈍化させるインターナショナル化も、パーカリゼーションに引っ張られたビッグ・ワイン化も、相当程度回避することができた。そしてそこには、南アフリカ人の、自己の特性を魅力ある個性として強固に認識することができる冷静な国民性と穏やかな自己愛、そして合理的な思考が背景にあることも、南アワインのこれまでとこれからを理解していく上で、重要な要素として認識しておくべきだ。


巨大な流れから逸れ、冷静に自己研鑽を続けてきた南アのピノ・ノワールは、果たして本当に注目すべき存在へと成れたのだろうか。その価値を証明するだけのクオリティを得るに至ったのだろうか。検証していこう。



Crystallum, Cuvée Cinéma Pinot Noir 2018

Crystallum(クリスタルム)が本拠地を置くWalker BayのHemel-en-Aardeは、現在南アの中でも最もピノ・ノワールの産地として期待がかかる産地である。海に近い方から内陸の高地へと順に、Hemel-en-Aarde Valley(以降Valley)、Upper Hemel-en-Aarde Valley(以降Upper Valley)、Hemel-en-Aarde Ridge(以降Ridge)の小地区に別れている。Hamilton Russel Vineyardsや、Bouchard Finlaysonといったパイオニア達はValleyに、若い世代はUpper ValleyやRidgeへの進出が顕著に見られる。クリスタルムはStorm Wines(ストーム・ワインズ)と並び、新世代の二大巨頭の一角として、カルト的人気を集めている。


©︎WOSA


今回テイスティングしたCuvée Cinémaは、Hemel-en-Aardeの中でも最も冷涼なRidgeにある単一畑。標高300mの南東向き斜面は1.6haに11,000本という高密植の畑となっている。頁岩(けつがん)と鉄を含む保水性の高い粘土質土壌、凝縮度を高める高密植、暑すぎず寒すぎない程よいミクロ気候、はっきりとした構造とアロマティックな性質が特徴的なディジョンクローン、全房50%でソフトな抽出をするPeter-Allan Finlayson(Finlayson家の三代目)の手法は、見事な透明感と共にワインに反映されている。フローラルかつスパイシーなアロマ、柔軟さと剛健さが同居した複雑な構造、力強い核となる豊かな酸、滑らかなテクスチャーは、ブルゴーニュ至高のグラン・クリュであるミュジニーすら想起させるような性質を持っている。


©︎WOSA


Saurwein, Nom Pinot Noir 2019

Elandskloofは内陸のOverberg内にある小地区。標高600mを超える花崗岩の多い高地に広がる葡萄畑の多くは、かつてはリンゴ畑だった。近年では、南アを代表する造り手であるMullineux(マリヌー)夫妻のプロジェクトの一つLeeu Passant(リーウ・パッサン)がElandskloofのシャルドネでワインを手掛けており、冷涼気候に適した葡萄の産地として、非常に高い期待が集まっている


©︎WOSA


2015年設立という若いワイナリーであるSaurwein(サワーヴァイン)では、CrystallumのPeter-Allanの父でもあるPeter Finlaysonの元でマーケティングを担当しながらワイン造りを学んだJessica Saurwein(Saurwein=酸っぱいワイン、という奇妙なファミリーネームは、彼女のファミリーがルーツであるオーストリアで、酸っぱいワインを造っていたことに由来する)が、Elandskloofの標高700m(南アにおける葡萄畑の最高標高に限りなく近い)に位置する畑から、新人であることを疑ってしまうほどの、極めて高い完成度を誇るワインを手掛けている。冬には雪が積もることもあるほどの冷涼気候、周りを山に囲まれているが故の日照時間の少なさと、昼夜の寒暖差の大きさは、Elandskloofのテロワールを明らかに特異なものにしている。

短い日照時間はライトな色調を、冷涼なミクロ気候は堅牢なタンニンと充実したフェノールを、大きな寒暖差はヴィヴィッドな酸をもたらし、13.5%というライトタッチのボディを、鮮やかに彩っている。オレンジやスミレのタッチが可憐な飛翔感のあるアロマも、蠱惑(こわく)的な魅力を放っている。


©︎WOSA



テロワールの声

Crystallumが手がける標高300m近辺のRidge、Saurweinが手がける標高700m近辺のElandskloofのワインは、造り手のスタイルの違い(新樽比率は共に25%で熟成期間も1ヶ月しか違わないが、Crystallumの方が浸漬期間が長く、Saurweinの方が全房比率が低い)を鑑みても、明らかに異なるテロワールが宿ったワインだと断言できる。たった30年のピノ・ノワールへのチャレンジで、既にこれほどまで明確にテロワールが宿っていることが、どれだけ稀有なことなのか、長年ニューワールドワインを追いかけているファンであれば、驚くことだろう。それを可能のしたのはやはり、ワイン産地としては完全な「僻地」でもある南アフリカの、自らの個性を尊重し、海外の知見を自らのフィルターにかけながら、冷静に必要なものだけ取り入れることができるカルチャーだろう。



花開くポテンシャル

本記事のテーマは、南アのピノ・ノワールは本当に注目に値するのか、であるが、その点については、もはや疑い用が無いほど南アのピノ・ノワールは優れている、と回答しておく。むしろ、優れている、という表現では不十分だ。その品質は既に、アメリカのカリフォルニアやオレゴン、ニュージーランドのワイパラ・ヴァレーやセントラル・オタゴ、オーストラリアのヴィクトリアやマセドン・レンジズの最上位レベルと比肩する領域に達しており、今後葡萄の樹齢が高くなれば、ブルゴーニュすら脅かす可能性を秘めている。


つまり、南アはピノ・ノワールの最高品質産地として、世界のワインマップに堂々とその名を刻むべきである、ということだ。



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