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Black and White <南アフリカ特集:序章>

30時間の長旅を終え、私は地球の真裏へと降り立った。ため息のような深い呼吸をすると、乾燥した心地良い空気に、知らない香りが混ざり込む。深緑色の野草。紅色の花。未知の風景に沸き立つ感情が、体の節々を駆け回る鈍い痛みを優しく包み込んだのも束の間、だんだんと私の心は灰色に濁り始めた。高速道路の左右に次々と現れる、巨大なバラック街。ハイスピードで直進する車に、叶うわけのない物乞いを繰り返す無数の大人と幼い子供たち。想像を絶する貧困が荒波のように押し寄せ、私の視界を収縮させた。


半世紀近くもの間、凶悪な人種隔離政策が無慈悲にえぐり続けた裂傷は、その焉から30年近い月日が流れてもなお、深くこの地に刻まれているように見えた。


英雄ネルソン・ホリシャシャ・マンデラが、この光景を見たらどう思うのだろうか、と。次世代の良心に全てを託して、長い闘争の人生を終えたマンデラが夢見た景色はこれなのか、と。


Black or White。私がかつてアメリカで見た断絶とは、まるで次元が違って見えた。



しかし、それから数日の間に、私は何度も見た。底知れぬ闇に差し込む、力強い光を。


確かに、レストランでも、ワインバーでも、ホテルでも、ワイナリーでも、重要なポジションのほとんどは白人が担い、有色人種ばかりが下働きをしていた。極端な見方をすれば、植民地における商人と奴隷の関係にすら見えるだろう。かくいう私自身も、最初に見た光景の衝撃からなかなか抜け出せず、あらゆるものに懐疑の目を向け続けたが、今では自身の認識が間違っていたと断言できる。



そう、私が見た光の正体は、数え切れないほどの笑顔だ。


その笑顔の奥には力強く明るいエネルギーが宿り、自身の仕事に、社会的役割に、心から誇りをもって働いているように思えた。たとえその仕事場が、白人によって作られた経済基盤の上にあったとしても、その一部として働き、安定した収入を得て、家族と自身の生活を守れることを、彼らは皆心から喜んでいるように思えた。


私のような部外者にとっては少々いびつに見えたとしても、そこにある笑顔に嘘は無い。かつてこの国を蹂躙した「or」は、「and」へと着実に置き換えが進んでいる。





ポスト・アパルトヘイト

世界中が深く傷ついた大戦が終わり、対立・闘争から融和・協調へと世界が動き始める中、かねてから人種差別問題を抱え、1911年の「鉱山労働法」制定以降、段階的に差別政策を進めていた南アフリカが、その決定打となる人種隔離政策「アパルトヘイト」を法制化したのは1948年。この立法を先導したのが、アフリカーンス(オランダ移民系白人)民族主義者であり、厳格なオランダ改革派教会の聖職者でもあったダニエル・フランソワ・マランだったという事実は、近代キリスト教最大の汚点とも言える。


1952年以降毎年、国連総会は南アフリカに対する批難決議を採択し続けたが、レアメタルの供給を南アフリカに依存していた西側諸国は、冷戦の影響もあり、1980年代に入るまで南アフリカに対する経済制裁を強めなかった。1989年に冷戦が終結し、(ロシアからレアメタルを購入することができるようになったため)経済制裁が格段に強められたのを機に、同年に就任したフレデリック・ウィレム・デクラーク大統領がアパルトヘイト撤廃へと動き始めた。1990年には、27年間に及ぶ投獄生活を送っていたマンデラが釈放され、1991年にはアパルトヘイト廃止へと進む公式な宣言が出されたが、その後3年間に及ぶ移行期には、数々の混乱と暴動によって多くの命が失われた。1994年に行われた初の「全人類選挙」によってマンデラが大統領となると、長年に渡って南アフリカを蝕んだアパルトヘイトが(法制上は)完全に消滅した。


西側諸国との利害・依存関係から、経済制裁の長期化は避けることができた南アフリカだが、文化的制裁は違った


1960年のローマオリンピックを最後に、南アフリカはIOCからシャットアウトされ、1970年には除名処分を受けたという出来事は氷山の一角に過ぎない。


非人道的政策を続ける南アフリカのあらゆる「文化」が国際社会から締め出され、その文化の一つであったワインもまた、例外では無かった。


南アフリカで最初の葡萄畑が拓かれた1652年以降、脈々と続いてきた「ニューワールド最古参」のワイン産業は、20世紀の大半に渡って、世界市場から実質的に切り離されていたのだ。


20世紀の間に急速に進化し続けたワイン産業のイノヴェーションから断絶された結果、アパルトヘイトが終わった頃の南アフリカワインは、まさにガラパゴス諸島のようだった。


しかし、1994年のアパルトヘイト完全廃止以降、南アフリカのワイン産業は超急カーヴを描くように、極めて躍動的なルネッサンス期に突入する。


1990年代半ばに隆盛を極めた「フライング・ワインメーカー」たちの助言も得ながら、失われた知見を急速に補完するかのように、南アフリカの造り手たちは世界中の銘醸地を訪れ、懸命に学んだ。南半球と北半球では季節が真逆に巡ることも功を奏し、彼らの多くは一年に二度、ワイン造りを経験することもできた。


これらの歴史的背景も踏まえると、南アフリカワインの現代史は、(2022年時点で)僅か28年しか経過していないということになる。


当然、まだまだ発展途上だが、そのポテンシャルはすでに開花している。




原産地呼称制度

南アフリカの原産地呼称制度は4階層に別れている。最も広範囲のGeographical Units(略称:GU、州域)は7エリアあるが、ラベル上で見かける可能性が高いのはWestern Cape。それ以外は覚える必要は特にないだろう。7つのうちGreater Capeは3地域をまとめる超広域に該当。



次の階層はRegions(地域)。こちらも7エリア制定されているが、Cape West CoastはCoastal Regionのサブ・リージョンになり、Cape CoastalはCoastal RegionとCape South Coastのほぼ全域をカヴァーするエリアとなっている。Cape West Coastと他の5エリア(Cape Coastal以外)は、覚える価値は十分にあるが、後述する狭域に比べると優先順位は落ちる。



最も重要度が高いのが、次の階層。Districts(地区)は29エリア制定されているが、そのうちの約半数(全4回の本特集記事の中で、順を追って紹介していく。)は南アフリカワインを理解する上で、避けては通れない。GUとRegionを無視してでも、これらを優先すべきである。



Districtに比べると全体としては重要度が下がるが、92エリア制定されているWards(小地区)の中でも、特にStellenbosch、Walker Bay、Overbergの3地区に含まれるWardには極めて重要なものが複数あるため、本特集の中で順を追って紹介していく。


※全ての地図データ:©️WOSA




Black and White

南アフリカ特集は全4回に渡ってお届けしていくが、各回葡萄品種を絞りながら、銘醸地の紹介と、各エリアで大きく異なるテロワールの詳細を追っていく。これまでのあらゆる南アフリカワインに関するレポートは産地や造り手が主体に置かれており、ニューワールドの例に漏れず、この地でも多様な品種を同エリア内で栽培する傾向が強いため、本当の意味で好適地を探り当てているとは言い難かった。よって、本特集記事では、葡萄品種を中心に据えた逆のアプローチによって、各葡萄品種の好適地を追求していく。


初回となる序章では、ブルゴーニュ品種(ピノ・ノワール及びシャルドネ)をテーマとする。


聖地ブルゴーニュの格付けシステムが象徴するように、ブルゴーニュ品種はテロワールと非常に深い関係性をもつ。そして、その関係性の先には、「違い」を超えた「優劣」という価値観が生じる。


つまり、ブルゴーニュ品種には普通の好適地と優良な好適地、そして偉大な好適地があり、その違いは必ずワインに立ち現れるということだ。


多様性の時代にあって、優劣を主張するのは時代遅れなのかも知れないが、それでもことブルゴーニュ品種に限っては、この価値観を無視することはできない。


ブルゴーニュ品種の本質とは、実に残酷なものなのだ。


なお、なるべく産地と葡萄品種の関係性そのものにフォーカスを当てるために、造り手に関する言及は最小限に留めさせていただく。国内輸入されているワイナリーも多いため、詳細は各輸入元のHP等でご確認いただきたい。



Elgin(エルギン)

年間平均気温が15.5度と、南アフリカで最も冷涼な産地であるエルギン(District)は、どの方向から見るかによって評価が変わる場所だ。


そして、もしブルゴーニュ的性質を品質面での絶対的指標と位置付けるのであれば、エルギンこそが南アフリカにおけるブルゴーニュ品種の「グラン・クリュ」であることは間違いない。


ブルゴーニュよりも冷涼という限界的気候条件が葡萄にもたらす圧倒的な緊張感は、13%代のアルコール濃度ながら、高めの新樽比率(エルギンの平均はシャルドネで30~45%、ピノ・ノワールで20~35%程度)や、シュール・リー(バトナージュをする場合も)といった「ブルゴーニュ・レシピ」を受け止めきる強固な土台となる。主要土壌は鉄分が豊富な頁岩土壌である、ボッケフェルト・シェール(Bokkevelt Shale)



シャルドネにおいてはマロラクティック発酵をさせないケースが多いため、一般的なブルゴーニュに比べるとややシャープな印象も残るが、芳醇なアロマ、緻密でフォーカスしたミッドパレット、メリハリの効いた酸、強固な骨格、長く力強いミネラルの余韻、エレガントなバランス感など、まさに「グラン・クリュ」の名に相応しい性質が立ち現れる。ブルゴーニュに例えるなら、ピュリニー=モンラッシェ的と評して差し支えないだろう。


ピノ・ノワールは、強固なミネラルのコアを、柔らかくブライトな果実味、ピュアな酸が絶妙なバランスで覆う、まさにクラシックな「ベルベットに覆われた鉄の拳」的性質となる。ブルゴーニュに例えるなら、ジュヴレ=シャンベルタンとシャンボール=ミュジニーの中間的個性と言えなくもないが、より正確に表現するなら、シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ的となる。


一方、ステレオタイプな「ニューワールドらしさ」を求めるなら、エルギンは避けた方が良いだろう。この地のシャルドネにもピノ・ノワールにも、熟した果実感や豊満なテクスチャーは生じない。


また、エルギンには南アフリカを代表するレベルの偉大な造り手も多い。


その筆頭とも言える二社が、Richard Kershaw WinesとOak Valleyだ。


Richard Kershaw Wines(国内輸入元:Mottox)は、Master of Wineでもあるリチャード・カーショーのワイナリー。エルギンの個性を総体として表現したスタンダードラインがすでにグラン・クリュクラスの味わいなのも凄いが、クローン違いでリリースするクローナル・セレクションのシリーズは探究心をこれでもかとくすぐるし、エルギン内の単一畑を選りすぐったディコンストラクテッドのシリーズには、ブルゴーニュの錚々たる特級畑も恐れ慄くだろう。エルギン外のエリアから葡萄を調達したGPSシリーズも、エルギンとの違いを知る上で最高の教材となる。このように、Richard Kershaw Winesは圧巻の高品質と、奥深い学びを兼ね備えた、あらゆる意味でMWらしいワイナリーだ。




Oak Valley(国内輸入元:Season Wine)は、日本での知名度は低いものの、世界的に非常に高く評価されている、エルギン屈指の造り手。ソーヴィニヨン・ブランやリースリングも手がけるが、やはりブルゴーニュ品種のワインが圧倒的に輝いている。エルギンの冷涼感を精密に表現する、レーザーの様に鋭いGroenlandbergのラインはミドルレンジながら極めて高品質。アッパーレンジにあたるTabula Rasaのラインは、強烈なフォーカスと緊張がたまらない大傑作。シャルドネ、ピノ・ノワール共に、隙が無い。



他にも、絶妙なバランス感覚が秀逸なShannon(国内輸入元:Smile)、リチャード・カーショーがワインメーカーを務めながらもコストパフォーマンスに優れたLothian(国内輸入元:無し)、非常にクリーンでシャープな味わいが好印象のAlmenkerk(国内輸入元:無し)、非常に高い安定感を誇るエルギンのパイオニア的ワイナリーPaul Cluver(国内輸入元:Masuda)、オーガニックに注力し、優しいトーンのピノ・ノワールが魅力的なRadford Dale(国内輸入元:Raffine)など、実力派ワイナリーは数多い。











Hemel-en-Aarde(へメル=アン=アールダ)

Walker Bay地区の内部に位置する3つの連なった小地区(まとめてヘメル=アン=アールダと呼ばれる)は、主要葡萄がブルゴーニュ品種であること、テロワールを細分化したブルゴーニュ的原産地呼称制度、そしてその際立った高品質でもって、現在最もホットなゾーンの一つとなっている。


へメル=アン=アールダの最南端に位置し、平均的な標高も最も低いのがHemel-en-Aarde Valley(以降、ヴァレーと表記)で、そこから北側の中腹に広く位置するのがUpper Hemel-en-Aarde(以降、アッパーと表記)、さらに北東へと渓谷を上がっていくと、Hemel-en-Aarde Ridge(以降、リッジと表記)に入り、このエリアでは平均標高が400mに達する。


南半球では通常南に行くほど冷涼になるが、へメル=アン=アールダの場合、小さな緯度の差よりも、標高の差がより強く気温に影響するため、ヴァレーが最も温暖で、リッジが最も冷涼となる。


この3小地区の全てでブルゴーニュ品種が主力となっており、このエリアにいる数々のトップ・ワイナリーの手腕も相まって、テロワールの差が(違いも優劣も含めて)極めて鮮明に表現されている。


理解を容易にするためには、ここでもブルゴーニュをモデルに考えていくと良いだろう。対象となるのはコード・ド・ニュイの全てと、コート・ト・ボーヌの上半分(ボーヌあたりまで)だ。


この切り取ったコート・ドールをそのままへメル=アン=アールダに当てはめてみると、面白いほどその特徴が一致する。まずより冷涼なコート・ド・ニュイではピノ・ノワールが真価を発揮する、という性質は、そのままへメル=アン=アールダのリッジに該当する。つまり、へメル=アン=アールダの中で(古典的な意味で)最も優れたピノ・ノワールの小地区はリッジということになる。


さらに、コート・ド・ニュイとコート・ド・ボーヌの繋ぎ目に位置する「コルトンの丘」は、ピノ・ノワールもあるが、圧倒的に白ワイン(特級畑コルトン=シャルルマーニュ)の名声が高い。この特徴は、へメル=アン=アールダにおいては中腹にあるアッパーに該当する。すなわち、へメル=アン=アールダの中で最も優れたシャルドネの小地区はアッパーということだ。


ブルゴーニュモデルをさらに南に下ると、ボーヌを中心としたエリアに入る。ピノ・ノワール、シャルドネ共に甲乙つけ難いが、最高品質というよりも地に足のついた素朴な味わいが魅力のエリアだ。そしてこのボーヌのような性質は、へメル=アン=アールダではヴァレーに該当する。シャルドネとピノ・ノワールの平均点が高く、独特の田舎っぽさが秀逸だ。


土壌はリッジとヴァレーがボッケフェルト・シェール主体、アッパーが花崗岩主体でシャルドネの畑には石英も多く見られるなど確かな違いがあり、テロワールの形成に大きく関わっているが、よりシンプルに理解していくために、一旦は横に置いておいても良いだろう。


これらの特徴を葡萄品種ごとにまとめると、以下の様な性質が見えてくる。


シャルドネ

リッジ:エッジの効いた酸と硬質なミネラル、ややシャブリ的。

アッパー:コルトン=シャルルマーニュをやや小ぶりにしたようなバランス感。

ヴァレー:リッチで柔らかく、やや酸が低いボーヌ的味わい。


ピノ・ノワール

リッジ:コート・ド・ニュイ的。マルサネが最も近いか。

アッパー:シャルドネエリアのピノ的性質。(シャサーニュ=モンラッシェの赤など)

ヴァレー:素朴で土っぽいボーヌ的味わい。



以下で紹介する造り手に関しては、一部を除いてシャルドネはアッパー、ピノ・ノワールはリッジを中心に挙げていく。



シャルドネ

Restless River(国内輸入元:Raffine)のトップ・キュヴェAva Marieは、アッパー・シャルドネの本命。樽使いもセンス抜群で、アッパーのコルトン=シャルルマーニュ的性質が最大限に発揮されている大傑作。



Newton Johnson(国内輸入元:Mottox)は、ワイナリーはヴァレーにあるが、シャルドネの畑はアッパーにもっている。特にFamily Vineyardsという上級キュヴェが素晴らしい。



Cap Maritimeは、南アフリカでも最上クラスの造り手であるBoekenhoutskloofのプロジェクトで畑はアッパーに所有している。ほとばしるようなエネルギー感に圧倒される偉大なワインだ。



他にもWhalehaven、Hasher Family WinesLelie van Saron、La Viergeなど、日本には輸入されていないが、アッパーのエリアから格別のシャルドネを手掛ける造り手もいる。


例外として挙げたいワインは、天才ケヴィン・グラント率いるAtaraxia(国内輸入元:Masuda)。Earthbornと題された6樽のみの最上キュヴェは、リッジの単一畑から。リッジのシャルドネらしいシャープな酸と硬質なミネラル感はそのままに、全体的にスケールアップした様な味わい。ブラインドテイスティングをすれば、トップ・クラスの特級畑シャブリと間違えても不思議ではない。






ピノ・ノワール

へメル=アン=アールダにおけるピノ・ノワール最上のワインは、前述したAtaraxiaが手がけている。こちらもワイン名はEarthbornで、リッジにある単一畑から。リッジ・ピノの特性を凝縮して、強力な洗練の魔法をかけたような、愕のワイン。あらゆる南アフリカ産ピノ・ノワールの中でも、最上位に君臨する最高傑作だ。Ataraxiaのケヴィンは、「昔は良いワインを造ろうと躍起になっていた。でも今はただただ、正直なワインを造りたい。」という非常に印象に残る言葉も我々に投げかけていた。



この地のパイオニアワイナリーであるハミルトン・ラッセル出身のベリーヌ・サリウスは、黒人系女性醸造家として取り上げられることも多いが、ワインメーカーとしての才能も突出している。彼女自身のプロジェクトであるTesselaarsdal(国内輸入元:Raffine)は、シャルドネ、ピノ・ノワール共にリッジにある畑から。端正なシャルドネも良いが、やはりリッジではピノが輝く。13%代前半というやや低めのアルコール濃度、しなやかで繊細な酒質は、リッジの中でもよりシャンボール=ミュジニー的な性質を帯びていると言えるだろう。



少し毛色の違うワインとしては、Saurwein(国内輸入元:Masuda)を挙げたい。かなりナチュラル寄りな造り手だが、安心できるクリーンさが魅力。2種手がけるピノ・ノワールのうち、OMというキュヴェはリッジから。リッジらしいストラクチャーのしっかりとした味わいだが、同時に染み込み感も強い。テロワールの特性をしっかりと宿した、クリーンナチュラルのお手本と言えるような素晴らしいワインだ。



例外として挙げたいのは、Cap MaritimeとResless River。共にアッパーのエリアにピノ・ノワールの畑を所有しているが、力強く濃密で、強固なストラクチャーがある。へメル=アン=アールダは非常に起伏に富んだ場所でもあり、特に広いアッパーの中にはリッジよりも標高が高いエリアがあったりと、全体論で語るのは少々難しい。このような例外ワインが出てくる辺りも、ブルゴーニュとの共通点が垣間見えて非常に興味深い。





総括

エルギン、そしてステレンボッシュの一部と並んでブルゴーニュ品種のTOP3産地とも言えるへメル=アン=アールダだが、総体としての特徴は、エルギンよりは暖かいという点に集約されるだろう。特にアッパーのシャルドネと、リッジのピノ・ノワールに関しては、南アフリカで最上位クラスのポテンシャルをもつが、エルギンに比べるとやや大柄で、ピノ・ノワールはタンニンが強い。別の言葉で言い換えると、エルギンよりも少し、ニューワールド的ニュアンスが強いとも言える。


また、3小産地の違いを正確に知りたいのであれば、Storm(国内輸入元:Raffine)という造り手を強くお勧めする。全体的にやや強めに樽を効かせる傾向はあるものの、ヴァレー、アッパー、リッジの全てからシャルドネとピノ・ノワールを造っており、テロワールの違いが驚くほど鮮明にワインに宿っている。





Overberg(オーヴァーバーグ)

エルギンとへメル=アン=アールダにも接しているオーヴァーバーグ(District)は、全長160kmと非常に広い地区であるため、全体論で語るのは不可能。オーヴァーバーグ内には3つの小地区が含まれているが、その中でブルゴーニュ品種に関して重要なのは2つ。


オーヴァーバーグの北西部、標高500m近辺に位置する小地区がElandskloof(エランズクルーフ)。冷涼なマイクロ気候を活かして、ブルゴーニュ品種が躍動しているが、そのテロワールもまた非常に個性的。一言で表現するなら「仮想ジュラ」といったところだ。シャルドネにしても、ピノ・ノワールにしても、細身だが極めて硬質。刺激的な酸と、強靭なミネラルには、口中が引き締められるが、リフトしたアロマとブライトな果実感に惹かれるファンは多いだろう。限界産地でもあるため、エルギンと同様にこの地のブルゴーニュ品種は新樽とのマッチングも良い。


エランズクルーフから近いフランシュックが本拠地のAnthonj Rupert(国内輸入元:JSRトレーディング)は、この地から見事なワインを手がける。線の細い中にしっかりと宿るエレガンスが緻密に表現されている。




また、先述したSaurweinも、NOMというキュヴェがエランズクルーフのピノを使用している。同ワイナリーのへメル=アン=アールダ・リッジのキュヴェと比べると、全体的に明らかにリフトした重心と、明るい果実味、シャープな酸が感じられる。




本命として挙げたいのは、Crystallum(国内輸入元:Raffine)。新世代のリーダー格であるピーター=アラン・フィンレイソンに関しては、次章以降に詳しく解説するが、彼の人気プロジェクトであるクリスタラムは、エランズクルーフのピノからMabalelという希少なキュヴェを造っている。華やかで開放的なアロマ、しなやかで軽やかなテクスチャー、明るい果実感というエランズクルーフの特徴を見事に表現しており、トータルバランスではこの地最上の例と言えるだろう。




オーヴァーバーグにはもう一箇所、極上のシャルドネを産む小地区Greyton(グレイトン)がある。オーヴァーバーグの北東部に位置するやや広いエリアだが、無灌漑の畑も多く、寒暖差の大きさもあって、ミネラル感に富んだダイナミックなワインが生まれる。ピノ・ノワールも十分に素晴らしいが、シャルドネはもっと凄い。


この地最高の造り手はLismore(国内輸入元:無し)。正直なところ、サマンサ・オキーフという女性醸造家が飛び抜けた天才なのか、Greytonのテロワールが凄いのか、その両方なのか判断が付かなくなるほど、Lismoreのワインは圧倒的に素晴らしい。凄まじい集中力を発揮するEstate Reserve Chardonnayは、南アフリカシャルドネの最上位クラスに間違いなく位置している。




小地区認定されていないため、Overbergという地区の一部となるのだが、へメル=アン=アールダ・リッジを超えたすぐ向こう側のエリアにも、優れたピノ・ノワールの畑がある。この地から葡萄を調達するのは、ステレンボッシュのトップ生産者であるStark-Conde(国内輸入元:Mottox)。コート・ド・ニュイ的な性質のテロワールは非常にポテンシャルが高く、今後小地区認定される可能性も十分にあるだろう。





Stellenbosch(ステレンボッシュ)

南アフリカで最も良く知られた産地であるステレンボッシュ(District)は、同時に最も難解な産地でもある。あまりにも多様なテロワールに加えて、南アフリカの主要な葡萄品種のほぼ全てをたった一つの地区で、しかも最高の品質で手がけているのだから、まさに「南アフリカワインの縮図」という名が相応しいだろう。


現時点でステレンボッシュ内にある小地区は8つ。アルファベット順に列挙すると以下の通りとなる。

・Banghoek(バンフック)

・Bottelary(ボッテラリー)

・Devon Valley(デヴォン・ヴァレー)

・Jonkershoek Valley(ヨンカーシュック・ヴァレー)

・Papegaaiberg(パプガーイベルグ)

・Polkadraai Hills(ポルカドラーイ・ヒルズ)

・Simonsberg-Stellenbosch(シモンスバーグ=ステレンボッシュ)

・Vlottenburg(フュロッテンブルグ)


これら8つの小地区で好適品種が大きく異なるというのが、ステレンボッシュが難解である理由だ。しかし、ワインの品質から判断する限り、パプガーイベルグとフュロッテンブルグに関しては、他の6小地区に比べると、そのステータスに疑問が残る。南アフリカの原産地呼称制度では小地区が最上位とは全く限らないのも事実だが、本特集においては、前述した2小地区を除外しつつ、ヘルダーバーグとステレンボッシュ・マウンテンという2つの山に挟まれた非公式エリアでありながら、非常に優れたワインが多いBlaauwklippen Valley(ブラーウクリッペン・ヴァレー)を加え、7つの小エリアとして紹介していくこととする。


ステレンボッシュのブルゴーニュ品種に関して重要な小地区は、3つ。


シャルドネが秀逸なのはバンフックとポルカドラーイ・ヒルズ、ピノ・ノワールが秀逸な のはボッテラリー。いずれの小地区もステレンボッシュの中では局地的に冷涼なエリアとなる。



シャルドネ

シャルドネのエリアとして、最も高い総合力を誇るのはバンフックだ。ステレンボッシュ北東部にある小さな渓谷で、標高が高く、際立って涼しい。シャルドネにとっては限界気候となるポケットであり、エルギンを少し引き締めたような個性が宿る。


優れた造り手も集結していて、特にCapensis(国内輸入元:FIC)は南アフリカのトップクラス。


CapensisはアメリカのJackson Family Winesが展開するシャルドネに特化したワイナリーで、緻密なテロワールのリサーチと高い技術力が光る。スタンダードとなるCapensis、カジュアルラインのSileneはどちらも洗練された素晴らしいワインだが、圧巻はトップキュヴェのFijnbosch。精密なアロマ、強靭なミネラルと酸、多層的なテクスチャーがもたらす驚異的な深み。間違いなく、南アフリカを代表する偉大なシャルドネの一つだ。



他にも、緻密で流麗なテクスチャーが素晴らしいOldenburg(国内輸入元:無し)や、バランス感が絶妙なHogan(国内輸入元:Raffine)などが特に強く印象に残った。






ポルカドラーイ・ヒルズは、比較的新しいエリアながら、バンフックとは大きく違った個性が宿る。海岸線から僅か8kmに位置しているため、冷たい海風の影響をダイレクトに受けるのだ。また、このエリアに多い石灰質土壌も、確かなアクセントとなってワインに立ち現れる。後述するロウワー・ダイヘンホック・リヴァーほどではないが、明確な塩味を感じるのも、この特異なテロワール故だろう。


秀逸な造り手として挙げたいのは、Laarman Wines(国内輸入元:Masuda)。ポルカドラーイ・ヒルズらしい冷涼感と潮のニュアンスが精密に表現された快作であり、高いコストパフォーマンスも魅力的だ。



ステレンボッシュ・シャルドネの例外として、挙げない訳にはいかないあまりにも偉大なワインがある。造り手の名はLeeu Passant(国内輸入元:BBR)。南アフリカが生んだ最高の天才醸造家アンドレア・マリヌーが、夫のクリス・マリヌーと共に進める古樹の畑にフォーカスを当てたプロジェクトだ。Leeu Passantのシャルドネは、どちらかというと他の品種にスポットライトが当てられる非公式エリアのブラーウクリッペン・ヴァレー周辺から。正直なところ、アンドレアの異次元的才能と、優れた葡萄畑が合わさると、どの地区のどんな品種にも奇跡が起こってしまう。このシャルドネもその例に漏れず、南アフリカでも確実に3本の指には入る、極上の大傑作だ。





ピノ・ノワール

ステレンボッシュでは唯一と言えるほど、ピノ・ノワールが際立って優れているのが、ボッテラリー。標高は350m近辺と高く、ここも冷涼なスポットとなる。赤ベリー系の果実感と土っぽい味わい、バランスの良い酸が特徴的で、近しい例を挙げるとすると、ドイツのファルツ、バーデン地方辺りのシュペートブルグンダーとなるだろう。


特に印象に残ったのは、Mooiplaas(国内輸入元:GSA)。古樽のみを使用した控えめなトリートメントは、ボッテラリーのテロワールとも方向性が一致している。





Robertson(ロバートソン)

ロバートソン(District)は、南アフリカでも最も温暖な産地の一つではあるが、冷たい南東風の影響で、昼夜の寒暖差は時に25度を超えるほど大きくなる。土壌は非常に多様だが、この地のスター品種と言えるシャルドネは、石灰質を多く含む土壌に植えられる。しかし、年間降雨量が灌漑ボーダーラインとされる500mmを下回っているため、灌漑はほぼ必須となり、必然的に石灰質土壌らしいミネラル感はやや限定的となる。温暖な気候がもたらすやや大柄な果実感、寒暖差によって生じる豊かな酸、芳醇な味わいを下支えするミネラルが宿ったシャルドネは、他産地とは明確に異なる個性を発揮する。南アフリカの中では、最もステレオタイプなニューワールドスタイルに近いが、酸の強さも相まって、輪郭がぼやけるようなことは無い。


注目の造り手として挙げるのは二社。


Arendsig(国内輸入元:無し)は、コンクリート・タンクと古樽のみを使用して、ロバートソンのテロワールを緻密に描き出す。温暖地らしいトロピカルな果実味に、キレのある酸が交錯する味わいは、どこをどう切ってもロバートソンのシャルドネだ。



Mon Blois(国内輸入元:無し)はロバートソンの古参組。白桃のようなフルーツ感と、太い酸、フリンティーなミネラル感が、なんとも言えない素朴な味わいとして表現されている。少し田舎っぽい味わいとも言えるが、その個性こそがロバートソンの魅力なのでは無いだろうか。






Lower Duivenhoks River(ロウワー・ダイヘンホック・リヴァー)

Cape South Coast内にあるDistrict(地区)の一つ、ロウワー・ダイヘンホック・リヴァーは、極めてユニークなシャルドネを生み出す注目の産地。海からの距離が非常に近く、冷風が吹き抜ける冷涼産地で、土壌には石灰岩が多く見られる。これらの要素は、潮のアロマ、チョーキーなミネラル感、シャープなテクスチャー、ヴィヴィットな酸となって鮮明にワインに反映される。南アフリカのシャルドネの中でも際立って、明確に「海のテロワール」を感じる場所だ。


この地を代表する造り手として挙げたいのは、Baleia Wines(国内輸入元:GSA)。ソーヴィニヨン・ブランやピノ・ノワール、テンプラニーリョなども手がけるが、白眉はやはりシャルドネ。エッジの効いた塩味を感じさせる、正真正銘のテロワールワインだ。彼らのシャルドネを、エルギンのRichard Kershaw WinesがGPSシリーズのために購入しているというのも、十分に納得できる。






テロワール・ワイン

ここまで読み進めていただいた方なら、現代の南アフリカワインが、すでに明確な「テロワール・ワイン」へと変貌していることが、ご理解いただけたかと思う。まだまだ探究する余地は多く、筆者が出会えなかった素晴らしいブルゴーニュ品種の産地が残されている可能性もあるが、現地で知り得た全てをここに記したので、少しでも参考になることを心から願っている。





※国内輸入元に関しましては、可能な限り丁寧なリサーチを心がけましたが、輸入されていないと表記したワイナリーが、実際には輸入されている可能性もございます。あらかじめご了承いただけましたら幸いです。

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