私の祖母は、他国間の戦場と化し、唐突に、強引に分断された国から、命懸けで脱出した。そして、祖母が負ったリスクのずっと先に、私という存在がいる。
祖母の歩んだ激動の人生は、そのまま私の人生観、そして価値観の土台となった。
今は過去の先にあり、未来は過去と今の先にある。
その繋がりこそが、輝きをもたらす。
南アフリカで、私が亡くなった祖母のことを思い出したのは、決して偶然ではない。
あの地にはあった。私は確かに、この目で見た。
古きものが、過去と今を繋ぎ、未来を照らす姿を。
Old Vine Project
南アフリカワイン産業の極めて重要な取り組みとして、その名を挙げない訳にはいかないのが、Old Vine Projectだ。
南アフリカでも最も尊敬を集める、葡萄栽培のトップ・エキスパートであるローサ・クルーガーが、2002年に複数の栽培家と共に南アフリカ全土に点在する古樹の調査を開始したのが、このプロジェクトの始まり。
2006年にイーベン・サディがOld Vine Seriesを初リリースしたのをきっかけに、2010年ごろにはクリス・アルヘイト、マリヌー夫妻、ダンカン・サヴェージといった、後に南アフリカワインのトップランナーとなる重要人物たちが続々と参加した。
以降の展開は以下の通り。
2014年、古樹が残る区画のオンライン・カタログとも言えるウェブサイト「I am Old」を開設。
2016年、ルペール財団の援助を受けて正式なプロジェクトとして発足。
2018年、Old Vine Projectの認定シールを導入。
2020年、選抜された古樹から枝を取り、ウィルスフリーの苗木を増やす取り組みをスタート。Heritage Selectionと題されたこの取り組みは、古いクローンをクリーンに保全しつつ、南アフリカの独自性を高めるものとして、非常に大きな注目を集めている。
同年、ロワールの調査チームが、南アフリカに残る古樹のシュナン・ブランは、すでにフランスでは絶滅したものと断定。Heritage Selectionの意義をさらに高める結果となった。
Old Vine Projectが世界各国の取り組みと比較しても、抜きん出て素晴らしいと言える最大の理由は、民間の団体が国全体を巻き込んでいる点に集約される。
地域単位で見ると、オーストラリアのバロッサ・ヴァレー、カリフォルニアのローダイなどで同様の取り組みがあるが、その影響は残念ながら非常に限定的なものとなっている。
こういう取り組みは、本来は国家レベルで動いてこそ意味があるものだが、様々な政治的思惑が絡むため、そう簡単にはいかない。そして、それを民間レベルで実現したOld Vine Projectは、世界中が見習うべきプロジェクトだ。
とはいえ、Old Vine Projectもまだ完璧とは言えない部分もあるかもしれない。
筆者が一番気になるのは、樹齢35年以上を認定する、というボーダーラインだ。
確かに葡萄は約20年で老木となり、30~35年経てば植え替えられることが非常に多い。だが、これはあくまでも「生産能力」をベースとした話であり、「品質」という概念が入っていない。
樹齢35年というライン自体が若すぎるという訳ではない(ヨーロッパ伝統国では、古樹と一般的に呼ぶ樹齢では無いのも事実だが)が、1階層しか無いという点には、確かな疑問を覚える。
バロッサ・ヴァレーのように、4階層も設定するのは流石にやりすぎだと思うが、せめて、35、50年以上ぐらいの2階層か、35、55、75年以上ぐらいの3階層になっていれば、もっとOld Vine Projectの価値が高まるのでは無いかと、個人的には思ってしまう。
正直なところ、古樹である品質的恩恵があまり感じられない、認定ラインに達したばかりの畑から造られたワインにも、複数遭遇しているのだ。
どちらにしても、全体としてみれば、Old Vine Projectの認定シールが、「品質保証の印」として非常に高い効力を発揮しているのは間違いない。
現時点では時期尚早だが、同様の取り組みをいつかは日本でも見たいものだ。
象徴的品種
ニューワールド産地が世界市場の中で、その立ち位置を確固たるものにしていくには、象徴となる品種が今でも必要なのかも知れない。少なくとも、多様化が劇的に進んだ現代よりも少し前の時代までは、間違いなくそうだった。
事実、オーストラリアではシラーズが、ニュージーランドではソーヴィニヨン・ブランが、チリではカルメネールが、アルゼンチンではマルベックが、アメリカ合衆国ではカベルネ・ソーヴィニヨンとブルゴーニュ品種が、各国を象徴する品種として君臨してきた。そしてこれらの象徴的品種は、他国と比べて明確に高い品質、オリジナリティの強い個性、他国には無い希少性のいずれか、もしくは複数の要素によって成立してきたのだ。
では、南アフリカを象徴すべき品種は何なのだろうか。
ピノタージュと答えたくなる気持ちは分からないでも無いが、本当にそれでいいのかと、疑問が付きまとう。ピノタージュは南アフリカの面白さではあるが、偉大さとは言い切れないのでは無いだろうか。
序章で紹介したブルゴーニュ品種、第二章で紹介したボルドー品種、そして最終章で紹介する予定のシラーのどれもが、他国の超一級品と比べて全く遜色の無い品質に達しているが、一つだけ、前述した「象徴となる条件」の全てを文句なしにクリアしている品種がある。
そう、シュナン・ブランだ。