top of page

SommeTimes’ Académie <34>(ワイン概論30:酒精強化ワイン概論)

一歩進んだ基礎の学び、をテーマとするのがSommeTimes’ Académieシリーズ。初心者から中級者までを対象としています。今回は、酒精強化ワインの基礎を学んでいきます。


醸造の様々な工程に関しては、醸造家ごとに異なる意見が散見されます。本シリーズに関しては、あくまでも「一般論の範疇」とご理解ください。

試験後に忘れてしまった知識に意味はありません。ワインの勉強は、難しい外国語由来の単語との戦いでもあります。そういった単語をただの「記号」として覚えることにも、意味はありません。その単語が「何を意味するのか」を知ってこそ、本来のあるべき学びとなります。SommeTimes Académieでは、ワインプロフェッショナル、ワイン愛好家として「リアル」に必要な情報をしっかりと補足しながら進めていきます。試験に受かることだけが目的ではない方、試験合格後の自己研鑽を望む方に向けた内容となります。



前提


そもそもワインは輸送や保管に向いているものではありません

変質しやすく腐敗のリスクの多いワインは、多くの場合において、生まれた場所で消費されることが圧倒的に多いローカルなものでした。またブドウの性質上、秋に収穫したのちに醸造し、できたワインをその後一年間保存しながら消費する必要があります。

例えばギリシャのレッツィーナのように、松脂をワインに入れるのも元々は保存のためであり、酒精強化ワインもその延長線上にあるものだと言えるでしょう。




酒精強化


酒精強化とは、ワイン、発酵途中のモスト、または醗酵前の果汁にスピリッツを添加することでアルコール濃度を高めることをいいます。一般的にアルコール濃度はこの作業により15-20%程度まで強化されます。方法としては単純なようですが、この効果は非常に多岐に渡ります。


先ずは、アルコール濃度が高いほど雑菌などの繁殖が抑えられること、また概ね15%以上までアルコール濃度が上がることによってサッカロミセス・セレビシエ(発酵の主体となる酵母菌)の活動が困難になるため、糖分が残っていても熟成期間中に再発酵しないことなどから、ワインの状態が安定します。


またアルコール発酵が阻害されるため、発酵前の果汁や発酵途中のモストに酒精強化を行うことにより、元々ブドウが持っていた糖分がそのままワインに残ることになります。この糖分はどのような果汁に、発酵のどのタイミングで酒精強化を行うかによって大きく量が変わりますが、糖分もアルコールと同様に雑菌の繁殖などを抑えるため、この点でも状態の安定に寄与します。


そして、状態が安定するため輸送や保存に向くと同時に、長期の熟成が可能になります。ポートやマデイラ、シェリーなどの酒精強化ワインは最低でも数年の熟成が必要ですし、長いものでは30年を超えた樽での熟成が必要なカテゴリーも存在します。一般的なスティルワインでは、これだけの長期の樽熟成はほぼ不可能でしょう。


また、糖分を残し人為的に甘いワインを造ることができるという効果そのものも見逃すことができません。そもそも甘いワインを造るためには、収穫したブドウを天日で乾かしたり(ギリシャなど)、貴腐菌がついて脱水したブドウを使用したり(貴腐ワイン)、収穫を遅くして糖度を上げたり(ドイツのアウスレーゼなど)、またブドウの水分が凍結するまで待つ(アイスワイン)などの方法がありますが、どの方法もそれに適合した限定的な気候がないと造ることが難しく、ヴィンテージの良し悪しに大きく影響されます。


酒精強化を行なって糖度を残す場合、このような気候的な問題に影響されず、安定して甘口のワインを生産することができます。甘口のワインは今でこそこれまでのような人気があるわけではありませんが、元来甘いものが貴重だった時代には特に珍重されていました。酒精強化ワインはその点でも、非常に重要なワインだったということができるでしょう。


このことは、ニューワールドのワイン文化における酒精強化ワインの存在を考えるとより理解しやすくなります。例えばオーストラリアは今でこそ多様な気候と品種を誇る国ですが、1950年代には実にワイン生産量の86%が酒精強化ワインでした。今でもカリフォルニアに行けば、カリフォルニアン・ポートやカリフォルニアン・シェリーを造っているワイナリーを見つけることができます。昔、こういった新しい土地に進出してきたヨーロッパの人びとは酒精強化ワインの生産を目指し、文化として広く根付いていったのです。



しかし今では、一部を除いて酒精強化ワインを日常的に楽しんでいる、という人は多くありません。嗜好の変化や健康志向など、理由は色々とあるでしょう。オーストラリアでも現在は全体の2%のみの生産量です。


とはいえ、酒精強化ワインが単に歴史の遺物なのかというと、そうとも言い切れないのではないでしょうか。ヴァン・ナチュールのような、醸造での人為的介入を極力減らすワイン造りが流行ですが、こういった酒精強化ワインはいわばその対極。シャンパーニュと同様に、人為がどのように介入するかによってありようが大きく変化する、正に芸術のようなワインだということもできます。



現在、代表的な酒精強化ワインの産地は以下の通りです。


シェリー(スペイン)

ポート(ポルトガル)

マデイラ(ポルトガル)

モスカテル(ポルトガル)

マルサラ(イタリア)

ヴァン・ドゥー・ナチュレ(フランス)

マヴロダフニ(ギリシャ)

コマンダリア(キプロス)

ラザグレン・マスカット(オーストラリア)


今回のシリーズでは、その中でも「世界三大酒精強化ワイン」とも呼ばれる、スペインのシェリー、ポルトガルのポートとマデイラについて、それぞれ詳しく見ていきたいと思います。

bottom of page