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串10本に、10種のワインでペアリング <前編> 特別無料公開

先日、東京・根津にある比内地鶏を使った焼き鳥の名店「照隅」にて、ペアリングワイン会を開催した。

 

「10種の串それぞれに全く異なるワインを合わせる」、というコンセプトの元、SommeTimesでも公開してきたペアリング理論を駆使しつつ、独創的なアイデアも含ませながらペアリングコースを組み立てたので、前編後編に分けて、各ペアリングに込められた「私の意図」を解説していく。

 

まず、単皿に合わせるペアリングと、多皿に合わせていくペアリングとでは、大きく異なる点がある。

 

それは、「強弱と緩急」という概念の存在だ。

 

単皿であれば、基本的には最も効果の強いペアリングとなるワインを選べば良いが、多皿に対してそのようなアプローチを続けると、食べ手(飲み手)にある種の疲労感が蓄積されていってしまう。

 

ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」を、思い浮かべていただきたい。

 

印象的な冒頭の「強いフレーズ」が、もし延々と繰り返されていたとしたら、ただの駄作以下に成り下がるが、あのフレーズをモチーフとして、強弱と緩急がスムーズかつダイナミックに移り変わるからこそ、「運命」は人類史に残る偉大な交響曲となったのだ。

 

今回のペアリングに当てはめると、「串とワイン」というコンセプトが「モチーフ」に該当する。そして、そのモチーフの中で、どのペアリング理論を、どれだけ適用させるかによって「強弱」が生まれ、その強弱をコントロールすることに加えて、ピンポイントで独創性を効かせることによって「緩急」が生じる。

 

クライマックスを全体の流れの中で、どこに配置させるか、というのも「強弱と緩急」によって決めていく部分だ。

 

 

では、ペアリングの解説に入っていこうと思う。

 

 

1串目

ムネ肉の抱き身

Wine:Vincent Caillé, Muscadet Sevre et Maine Gorges 2019. Loire, France.

Grape:Melon de Bourgogne



1串目は、ムネ肉の抱き身。柔らかいムネ肉に鶏皮を巻いて、香ばしく焼き上げた一本だ。

 

ペアリングコースの最初ということもあり、ここで重要視したのは「世界観」。

 

「串とワイン」というコンセプト(モチーフ)を、ペアリングでしっかりと表現することによって、この先の9串へと没入させやすくするのが狙いだ。

 

最初に着目したのは、香り。

 

炭火焼きで生じる「薫香」と、ワインの香りを共鳴させることによって、モチーフを明確に提示しようと試みた。

 

候補となるワインはかなりたくさん考えられるが、ここではあえて「世界観」の輪郭を整えるために、独創性を加えて選出している。

 

選んだのは、ミュスカデのクリュ・コミュノーであるゴージュ。数あるクリュの中でも、際立って「薫香」が強くなるゴージュのテロワール特性を、ペアリングに利用した。

 

鶏皮から出る脂に対する酸のカット、柔らかいムネ肉のテクスチャーとの同調、そして旨味同士のブリッジ効果も考慮したため、かなり響きの強いペアリングとなっている。

 

 

 

2串目

砂肝

Wine:Martvilis Marani, Tsolikouri 2021. Imereti, Georgia.

Grape:Tsolikouri



2串目は、砂肝。

 

焼き鳥の中でも咀嚼回数が増える部位であるため、ワインには相応の渋みが求められる。白ワインでの対応はかなり難しく、赤ワインも十分に視野に入る食材だが、今回は狭範囲に渋味のグラデーションがあるオレンジワインを採用した。

 

旨味の同調を狙って、あえて古典的なジョージアという選択をしたが、もし単皿であればこのワインを選んでいない。

 

1串目が強いペアリングであったため、ここでは緩急の「緩」を表現したかったからだ。

 

渋味と旨味が強く、薫香も乗ってくるKakheti地方のMtsvane(単皿ならこのチョイスがベター)ではなく、しなやかでソフトなImereti地方のTsolikouriを選んだのは、そういう理由があってのこと。

 


 

3串目

うずら卵

Wine:Envinate, Palo Blanco 2021. Canary Islands, Spain.

Grape:Listan Blanco



3串目は難敵となりえる、うずらの卵。

 

2串目を緩のポイントとしたため、ここでは再びギアを上げていく狙いがあったが、重要なのは、ここで「どれだけ深くアクセルを踏むか」だ。

 

実は、4串目を1串目に次ぐクライマックス・ポイントと定めていたため、ここではアクセルを踏み過ぎないように、細心の注意を払っている。

 

選出したワインは、スペイン・カナリア諸島の白。

 

テロワールの影響で、硫黄臭を連想させるタイプの薫香(少々説明が難しいが、欠陥的特徴の還元臭とは異なる。)が生じるため、うずら卵の風味とは抜群の相性とはなるのだが、あえてアルコール濃度が低く収まるスタイルの造り手を選び、酸で適度にカットをしながら、ミディアムタッチの同調を目指している。

 

酸とテロワール以外の要素が適用されないように、意識的にそれらを回避しているのだ。

 

もし単皿で、最大限の強さの目指すのであれば、アルザス・ミュスカの花崗岩土壌系もしくは火山性土壌系グラン・クリュ辺りを選出していただろう。

 


 

4串目

ハラミ

Wine:Lightfoot & Wolfville, Kékfrankos 2020. Nova Scotia, Canada.

Grape:Blaufränkisch



4串目は、ニンニク醤油でタレ焼きにしたハラミ。

 

クライマックス・ポイントの一つと定めていた、重要な局面だ。

 

タレの甘味と、ニンニクのスパイス感、ホースラディッシュの風味、強めの脂、柔らかくライトなテクスチャー、全てにしっかりと合わせ、最大級に近いレベルの厚みを実現する必要があった。

 

ここで選んだのは、カナダのノヴァ・スコシア州で造られるブラウフレンキッシュ。

 

品種特性としての程よい果実感と、絶妙なスパイス感、冷涼なテロワールからくるしっかりとした酸と、ホースラディッシュに合わせるための軽いピラジン、そしてテクスチャーのミスマッチを起こさせないために重要な低いアルコール濃度。

 

ワインに私が求める要素を全て兼ね備えた上で、カナダ産のブラウフレンキッシュという特異性が、独創的なタッチとしても加えられる。

 

慎重にワインを選べば、オーストリアのブラウフレンキッシュや、シラー、グルナッシュなどの南仏系品種でも同様のペアリングをすることは可能だが、「強い印象を残す」ためには、ヒネリの効いたセレクションが必要になることもある。

 


 

5串目

鴨ムネ肉

Wine:BK Wines, Pinot Noir Saignée 2023. Adelaide Hills, Australia.

Grape:Pinot Noir



5串目は鴨のムネ肉。塊のまま串を打ってから焼き、薄くカットしてから提供するスタイルだ。

 

もちろん、単皿であれば、クラシックなアプローチで完璧なペアリングを演出することが非常に容易な一皿となるが、ここではその選択肢を取っていない。

 

4串目にクライマックス・ポイントを置いた直後で、そのようなクラシック・ペアリングをしてしまえば、もうそこでペアリングの流れが完全に「終了」してしまう。

 

まだまだこの先5種類も串が控えている中で、ペアリングの流れを終わらせるのは得策ではない。

 

このような局面では、多皿ペアリングならではの、「焦らし」が大切になってくるのだ。

 

ピノ・ノワールという王道を踏まえた上で、私がチョイスしたのは、ピノ・ノワールのロゼ。

 

しかも、あえてのオーストラリア産だ。

 

王道ペアリングに近づきそうで近づかない。「焦らし」に必要となる絶妙な距離感を保つためには、マルサネ・ロゼなどの、微調整が難しいシリアスなワインは使いにくい。

 

むしろ、ニューワールドらしい(一括りにすると語弊が多々生じるが)、ストラクチャーの「緩さ」が、ここでは美点となってくるのだ。

 

酸によるカットは軽度にとどめ、積極的な風味の同調も行わず、粒マスタードにブリッジ役は任せ、ワイン側ではオーストラリアらしい豊満でソフトなテクスチャーをフォーカスポイントにすることで、計算し尽くした「緩いペアリング」としている。

 

 

 

後編に続く。

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